シェーカーを振り、グラスに注いでいく。見た目はアルコールの入ったカクテルそのものだ。すべてのカクテルに、西遊記のストーリーからインスピレーションを得たカクテル名と、キーのメッセージが込められている。「お品書き」を読んだ後、キーの話を聞きながら、カクテルを味わう。発酵飲料のコンブチャに梅シロップ、抹茶、カボチャアイスクリーム、地元産のハーブやスパイス。選び抜かれた素材たちが、5種類のカクテルに昇華していく。どのカクテルも、五臓六腑に染み渡る。
ドリンクに合わせた料理も素晴らしかった。麹を用いたパンナコッタや昆布だしのおでんなど、日本の文化を取り入れた料理もあった。おでんの厚揚げと餅は、タイの生産者から仕入れているという。アレンジした自家製の柚胡椒が添えられており、こだわりを感じさせた。そして、それぞれのカクテルに本当によく合う。
1時間40分ほどかけて味わったコースに、心が満たされた。今回の旅で最も印象に残る、忘れられない体験であった。
「芸術作品としてのノンアルコールカクテルを」
一体なぜノンアルコールバーなのか。なぜ日本文化を取り入れているのか。気になった筆者は、本人に直接話を聞いた。カクテルやバーの世界に身を置いて14年となるキーは、元々バンコクでバーテンダーやミクソロジスト、ドリンクコンサルタントとして働いていた。
かつてはよくパーティーに足を運び、アルコールを飲んでいたという。しかし、自分も含めて人間は酔うと振る舞いが変わる。その様子を見ているうちに、一度アルコールから距離を置いてみようとの考えに至った。
一時的な禁酒期間中、仏教を学び始めた。瞑想に取り組む中で、「自分の意識や心を邪魔するものは何もほしくなくなった」。一時的ではなく、永久に断酒することを決意する。
完全に断酒すると、興味関心がアルコールから地元食材へと移っていった。タイには希少な食材が数多く存在する。しかし、希少さに見合った金額がついていない。「自分が彼らの素晴らしい食材に価値を見いだし、最高のノンアルコールカクテルを提供しよう」。さっそく、ノンアルコールバー立ち上げの準備に取りかかった。
顧客の一人ひとりと向き合い、食材やコースのストーリーを丁寧に伝えたいとの思いから、完全予約制とし、席数も限定した。繁華街だと飛び込みの来店も多くなる。「過度な注目はメリット以外ももたらす」との考えから、あえて離れた立地を選び、バーに見えづらいシンプルな外観にした。