マーケティング

2023.08.27 11:30

コース1択。チェンマイの「ノンアルバー」に学ぶ、尖ったビジネスの持続性

ノンアルコールバー「intangible」のオーナーを務めるキー

全員がそろい、時間となった。キーが流ちょうな英語とタイ語で説明を始める。「今回は西遊記をイメージしたコースです。タイの生産者から直接仕入れた素材を多数使用しています。どうぞお楽しみください」。
アルコールが入っていそうな見た目だが、提供されるドリンクはすべてノンアルコールカクテルだ

アルコールが入っていそうな見た目だが、提供されるドリンクはすべてノンアルコールカクテルだ


シェーカーを振り、グラスに注いでいく。見た目はアルコールの入ったカクテルそのものだ。すべてのカクテルに、西遊記のストーリーからインスピレーションを得たカクテル名と、キーのメッセージが込められている。「お品書き」を読んだ後、キーの話を聞きながら、カクテルを味わう。発酵飲料のコンブチャに梅シロップ、抹茶、カボチャアイスクリーム、地元産のハーブやスパイス。選び抜かれた素材たちが、5種類のカクテルに昇華していく。どのカクテルも、五臓六腑に染み渡る。
どこか和を感じさせる佇まいのカクテルには、自家製梅シロップが使用されていた

どこか和を感じさせる佇まいのカクテルには、自家製梅シロップが使用されていた


ドリンクに合わせた料理も素晴らしかった。麹を用いたパンナコッタや昆布だしのおでんなど、日本の文化を取り入れた料理もあった。おでんの厚揚げと餅は、タイの生産者から仕入れているという。アレンジした自家製の柚胡椒が添えられており、こだわりを感じさせた。そして、それぞれのカクテルに本当によく合う。
タイの食材を用いたおでん。昆布だしが疲れた体にしみる。自家製の柚子胡椒には、タイのスパイスが用いられていた

タイの食材を用いたおでん。昆布だしが疲れた体にしみる。自家製の柚子胡椒には、タイのスパイスが用いられていた


1時間40分ほどかけて味わったコースに、心が満たされた。今回の旅で最も印象に残る、忘れられない体験であった。

「芸術作品としてのノンアルコールカクテルを」

一体なぜノンアルコールバーなのか。なぜ日本文化を取り入れているのか。気になった筆者は、本人に直接話を聞いた。
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カクテルやバーの世界に身を置いて14年となるキーは、元々バンコクでバーテンダーやミクソロジスト、ドリンクコンサルタントとして働いていた。
真剣な表情でシェーカーを振るキー。元々はバンコクでバーテンダーとして活動していた

真剣な表情でシェーカーを振るキー。元々はバンコクでバーテンダーとして活動していた


かつてはよくパーティーに足を運び、アルコールを飲んでいたという。しかし、自分も含めて人間は酔うと振る舞いが変わる。その様子を見ているうちに、一度アルコールから距離を置いてみようとの考えに至った。

一時的な禁酒期間中、仏教を学び始めた。瞑想に取り組む中で、「自分の意識や心を邪魔するものは何もほしくなくなった」。一時的ではなく、永久に断酒することを決意する。
チェンマイ市内には数多くの寺院が立地する

チェンマイ市内には数多くの寺院が立地する


完全に断酒すると、興味関心がアルコールから地元食材へと移っていった。タイには希少な食材が数多く存在する。しかし、希少さに見合った金額がついていない。「自分が彼らの素晴らしい食材に価値を見いだし、最高のノンアルコールカクテルを提供しよう」。さっそく、ノンアルコールバー立ち上げの準備に取りかかった。

顧客の一人ひとりと向き合い、食材やコースのストーリーを丁寧に伝えたいとの思いから、完全予約制とし、席数も限定した。繁華街だと飛び込みの来店も多くなる。「過度な注目はメリット以外ももたらす」との考えから、あえて離れた立地を選び、バーに見えづらいシンプルな外観にした。
次ページ > 日本人の「こだわり」に隠れたヒント

文・写真=田中森士

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