市川染五郎が背負う生まれながらの「覚悟」

大事にしている祖父の言葉

自分がやりたいことではなく、周りから求められることをやる姿勢は、受け身に見えなくもない。ただ、それが結果的に新しい道を切り開く。染五郎はかつて祖父が語っていた言葉を大事にしている。

「高麗屋(歌舞伎役者の屋号)は新しいことに挑戦する家だといわれるが、実際は誰かにやれと言われたことをやってきた家だと祖父は言いました。ただ、祖父はそれで『ラ・マンチャの男』をブロードウェーで演じた。自分が当時の祖父の立場なら、簡単に『やる』とは言えなかったと思う。求められることに全力で応えるから広がる世界もあるんだなと」

振り返ると、父も新しい世界を切り開いてきた役者だった。高麗屋は立役(男役)の家だが、初めて女方もやった。15〜16年にはラスベガスで、チームラボ演出のデジタル映像と組み合わせた歌舞伎を披露している。当時現場で見ていた染五郎は観客の反応をよく覚えている。

「言葉は通じなくても、みなさんエンターテインメントとして楽しまれていた。世界の方々を感動させることができるのはすごいことです」

求められることに取り組む一方で、自分のなかで温めているアイデアもある。

「イリュージョンを取り入れてみたいですね。小さいころ、テンヨーさんの玩具のマジックセットで遊んで手品が好きになりました。舞台から人がパッと消えたりすると、歌舞伎の演出の幅も広がると思います」

歌舞伎の世界には若手による勉強会や一日公演がある。同じ10代には市川團子や尾上左近といったホープがいる。

「3人でやりたいものをやる会ができたらいい。ふたりにはまだ話してなくて、勝手に考えているだけですが……」

父は同世代の歌舞伎役者たちの中心的存在だった。自身はどう考えているのか。「年齢は團子君が1つ上ですが、一応、3人のなかでは僕が先輩。同世代を引っ張る存在にならないといけないし、そのために普段の公演で吸収しなければいけない」

そう話す様子に気負いはなく、自然なものとして受け止めている。次世代の歌舞伎界を背負って立つ覚悟も生まれながらのもののようだ。

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いちかわ・そめごろう◎2005年3月生まれ。十代目松本幸四郎の長男。祖父は二代目松本白鸚。07年6月初お目見え。09年6月歌舞伎座「門出祝寿連獅子」で四代目松本金太郎を名乗り初舞台。18年1月歌舞伎座 高麗屋三代襲名披露興行「勧進帳」源義経ほかで八代目市川染五郎を襲名。

文=村上 敬 写真=帆足宗洋(AVGVST) スタイリング=千葉 良(AVGVST) ヘアメイク=AKANE

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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