今回で第69回を数える、ミステリ作家への登竜門であるこの公募型文学新人賞の老舗も、実にさまざまな才能を発掘してきた。歴代の受賞者に、東野圭吾や池井戸潤ら推理文壇の屋台骨を支える多士済々がずらりと名を連ねるなかでも、ここにご紹介する首藤瓜於(しゅどう・うりお)は、異彩を放つ1人だろう。
次の新作が出るまでのインターバルが、平均すると3年以上という寡作のせいで、なじみの薄い読者もあるに違いない。しかし、2000年の乱歩賞(第46回)に輝いた「脳男」というデビュー作のことは、ご存じの方が多いのではないか。
「乱歩賞史上に残る問題作」と言われ、のちに映画にもなり、並外れた知力と身体能力がありながら心を欠く主人公のダークヒーロー「脳男」を生田斗真が演じた。
小説はシリーズ化され、一昨年に前作から14年ぶりとなる「ブックキーパー 脳男Ⅲ」が刊行されたばかりだが、その最新作には冒頭からいきなり読者の好奇心を鷲掴みにする新展開があった。いや、具体的には魅力的な人物の登場と言ったほうが正確だろう。
その人物とは、鵜飼縣(うかい・あがた)。アラスカ育ちの帰国子女で、22歳~25歳と思しき女性だ。「目鼻立ちは整っているのに美人には見えない」とは、上司を上司と思わない部下の桜端道(さくらばた・とおる)の弁だが、歴とした国家公務員で、警察庁からの出向先である警視庁で異常犯罪のデータベースを構築している。
TPOを無視したコスプレさながらの特異なファッション感覚で、奇抜な服装を着こなす外観と、データマイニングの要領でコンピューターを駆使しながら、異常犯罪を超高速度で解析していく驚異的な頭脳。颯爽と登場すると、主役の脳男を向こうにまわして堂々たる頭脳戦を繰り広げた新ヒロインに、もう一度会いたい!と心の中でラブコールを送っていた読者は、私ばかりではないだろう。
そんな願いは、思いのほか早くかなった。脳男シリーズのスピンオフともいうべき作品、そのタイトルも「アガタ」(講談社刊)である。
ローテクとハイテクが同居する警察小説
雨上がりの朝。通りかかった新聞配達が、玄関口で事切れている女性を発見した。前夜、降りしきる雨の中を帰宅したその家の主が、何者かに背中をめった刺しにされたのだ。殺されたのは美大に通う佐伯百合、19歳。雨水で水びたしの犯行現場には、指紋や足跡などの手がかりは一切なかった。警視庁の捜査一課に配属されて間もない刑事一年生の青木一(あおき・はじめ)は、上司の片桐係長に命じられ、近隣の情報収集にあたることに。立ち寄った交番で立ち番をしていた大島巡査からの有力情報に背中を押され、一は被害者につきまとっていたという高校生の黒岩浩也に接触する。
しかし浩也は地元有力者の孫ということもあり、たちまち管理官の大倉警視に叱責されてしまう。消沈する一は、数日後、公園で浩也と言葉を交わしていた見覚えのない女性を呼び止める。しかし彼女とのやりとりは要領を得ず、「見えているのに見えないものを捜せ」という謎の宿題まで出されてしまう。