藤田:安田靖春(ヤス)に関しては、桜木が下げられて代わりに出るような控えの選手で、超脇役です。でも、周りからは「一番度胸がある」と言われている。そういうヤスが、全員が熱くなってしまっている状況の中で試合に入り、「1本!」と叫ぶ。チーム全体にとっては、一回リセットする意味ではおそらく赤木が言うよりも、ヤスが言うことにすごく意味がある。
これにより「一回クールダウンしなきゃ駄目だ」とか「流れを変えなきゃ駄目だ」と気づかされる。ゲームチェンジという意味でも、ものすごく象徴的なシーンです。ここでヤスを入れるという判断。こういうシーンにおいては彼が最も効くのではないかと安西先生は考えた。
スタートアップをやっていると近視眼的になるというか、目の前のプロダクトに集中してしまいがちです。だんだん顧客やユーザーの声が聞こえなくなったり、生き残ることに必死になってしまう。そういうときに、自分たちの発しているメッセージ、向かっている方向が正しいのかどうかを一歩引いたところから見て、ヤスのように「ちょっと冷静になろう」と言える存在がチームには不可欠だと感じています。
栗俣:適材適所が行われて、それがきちんと作用していますよね。全体を通して、心に響いたシーンはありますか。
藤田:山王高校戦で三井寿が、体力的にしんどくてもう無理だというような状況で、気持ちだけで戦い、3Pシュートを狙い続ける場面。他校の監督が「奴は今赤んぼのように味方を信頼しきる事でなんとか支えられている…………」と表現します。物語を通してケンカしたりぶつかったりもありましたが、それを経て、チームの仲間を信頼しきっている。パスやリバウンドを決めてくれる仲間への強い信頼、つまり「心理的安全性」がありました。
だからこそほぼ意識がない状態でもプレーができ、パフォーマンスが出せている。作品の中でも象徴的なシーンだと思っています。ビジネスで「がんばらなきゃ」というときについこの場面を思い返します。心理的安全性が高くてチームに対する信頼があるからこそ、チームがどんどん強くなっていくのだと思います。
栗俣:いま『SLAM DUNK』を読み返しての気づきは。
藤田:『SLAM DUNK』は多様性という文脈も孕んでいます。選手はそれぞれハチャメチャな個性をもっている。ダイバーシティと言うと現代風ですが、多様な人材が集まったチームだからこそ生み出せる爆発力が、結果として勝利につながっています。ダイバーシティに富んだチームのマネジメントにおいては、マイクロマネジメントではなく、それぞれに任せながらもちゃんと全体を見ていく。かつ心理的安全性をしっかりと担保することによって、各個人の力をグッと引き出せているなと感じます。
近年「多様性」や「心理的安全性」というキーワードがビジネスにおいてもよく聞かれます。『SLAM DUNK』はそれらが濃縮した物語だったんじゃないでしょうか。実はいまの時代にとてもフィットしている。ビジネスという観点で見たときに、チームのあり方や、何かほかと違う突破口を見出すときに、選手の集め方、選手への接し方、チームの作り方は大きなヒントになる。マネジメントの教科書ともいえる作品だと思いました。