藤田:安西先生は過去に大学で監督をしていた時代に、自分の指導スタイルに嫌気が差した選手が辞めてしまいその後、その選手が亡くなってしまったつらい体験がある。その体験を経て、マネジメントのスタイルを変えたんです。湘北高校では基本的には赤木という絶対的なキャプテンに任せていると思うんですよね。キャプテンを信頼して、赤木に委ねている。でも実際には選手一人ひとりのことがすごく見えている。山王高校戦の直前には、全員に何気なく偶然会ったかのような雰囲気で、一人ひとりにメッセージを伝えに行ったり。
細かく「こういうふうにしろ」とか「こういう方向で試合を運べ」みたいなことは一切言わずに、選手たちの心持ちを変えていく。ある選手が緊張してるのであれば緊張をほぐす。闘争心が強すぎたら少しブレーキをかける。そういうフラットなところにもっていくために動いてるところが、リーダーとしてとても勉強になります。任せていながらも、メンバーの状況が細かい部分まで見えている。あまり見てないような雰囲気でありながらしっかりととらえているところが、安西先生のすごいところだと思います。
企業にはチームリーダーがいて、課長、部長などの階層に分かれています。上のほうに行けば行くほど、チームのメンバーの声が聞こえなくなったり、顔が見えなくなったりしていく。ビジネスをやっていると、困難な状況が起きます。最近で言うとコロナ禍が始まったとき、まさに会社全体で動かなければいけないときにメッセージが届きにくくなってしまう。そういった意味でも、ちゃんと「見えている」という状況は大事なのだと感じます。
栗俣:リーダーの視点で言うと、キャプテンの赤木剛憲も象徴的な存在です。
藤田:赤木が「海南は雲の上の存在と思うか?」と言うシーンがあります。強いチームである海南(大附属高校)は、このときの湘北にとっては雲の上の存在。ここでは、WBCで大谷翔平が「あこがれるのはやめましょう。あこがれてしまったら超えられない。僕らは今日超えるために、トップになるために来たので、今日1日だけは彼らへのあこがれを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう」と仲間に語りかけて決勝戦に向かっていく場面を思い出しました。
メンタリティとして「彼らは最強だ」と思っていたり、あこがれがあったりすると、その時点で飲みこまれてしまい、勝てる確率は一気に下がると思うんですよね。まさにそういうことを、赤木は言っています。雲の上の存在ではなく普通に戦う相手であり、ライバルである。「ちょっと上にいるのは間違いないが、雲の上ほどじゃない。俺らはいけるよ」とチームに認識させることで、初めて同じ土壌に立てる。
この発言がないまま試合をすると、たぶん少なからずどこかで「やられてもしょうがない」と思ってしまう。この一言を投げかけたことによって、みんなの中で「そうじゃない」と思えるところまでもっていった。