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2023.08.21 08:30

Visional南壮一郎 「早く成功することに、何か意味はあるのか」

'Swimmy' Minami is just getting started in new role with Yanks

2023年4月20日、米メジャーリーグの公式サイトに突如発表された記事のタイトルである。ニューヨークヤンキースの帽子を手に、ヤンキースタジアムに立つ南壮一郎。そんな写真が添えられた記事には、南が日本人で初めてニューヨーク・ヤンキースのオーナーグループに加入したこと、そして、メジャーリーグの球団オーナーとなることが彼の10歳の頃からの夢であったことが、南の半生と共に綴られていた。

南といえば、CMでもお馴染み「ビズリーチ」の創業者。現在は、同サービスをはじめ、HRテック事業やM&A、セキュリティ、物流Techなどの新規事業を次々と仕掛けるビジョナル代表取締役社長である。ヤンキースへのオーナーグループへの参画は、会社とは関係のない、個人としての活動であるという。

「人生のどんな場面においても、社会や時代にインパクトを与えることは素晴らしいことだと、僕は20代で教わった」と人生を振り返る南は、今年のForbesJAPAN30U30のアドバイザイリーボードを務める。南に、自身の「20代の飛躍した瞬間」を聞いた。


それは美談ではない

20代の南には、いくつもの逸話がある。新卒でモルガン・スタンレー証券に入社。その後金融業界でキャリアの紆余曲折を経ながらも、社会人4年目、日韓ワールドカップを観戦し、学生時代から抱いていたスポーツビジネスの世界に入りたいと気持ちが再熱した南は、「球団で働かせてください」とメジャーリーグの全球団に手紙を書いた。断りの返事ばかりが届く中、ニューヨーク・メッツのGMから返事があった。一週間後、南は会社を休み、ニューヨークに飛んだ。残念ながら、入社は叶わなかったが、スティーブ・フィリップスGMとの面会には成功。20代の若者には、得難い経験に思えるが、南にとっては違った。

「この話は美化されるべきではないから、いつもメディア取材では話をしてるんですけど、あれはもう過信による完全な失敗談ですよ」

スポーツビジネス業界への挑戦。金融の仕事をしながら本業以外の時間を使って、1年間、メジャーリーグの球団職員、スポーツ・エージェントなど、働き口を得ようと世界中で果敢にアタックするが、結果は出ない。ならばと、思い切って仕事を辞めた。

「会社を飛び出したのは、僕の大きな勘違いによるものでした。当時を振り返ると、突拍子もない子どもっぽい判断でした。何も準備せず、戦略もなく、深く内省もせず、ただスポーツの仕事がしたいという想いだけで。全く何も考えず、突っ張ってたんです」

当然だが、仕事を辞めたが、そこからは暗中模索であった。職が見つからないまま退職した南が、一番最初に就いたスポーツ関係の仕事は、世田谷区のフットサルコートの管理人であった。そこから本来夢見ていたのとは違う、いくつかのスポーツにまつわる丁稚奉公のような仕事を1年半ほど続けた。

「会社の外に出て、自分がビジネスパーソンとして何も通用しないことを嫌というほど見せつけられました。僕はスポーツが本当に好きな人間ですが、ビジネスもスポーツもやはり基礎が大切。社会人として当たり前にできるべきことを、何度も反復して、考えないでもできるレベルまで、やり切らないといけない。それが基礎。そういう社会人としての、当たり前の基礎動作ができていないなかで、感情だけで会社を辞めてしまった。飛び出した会社には、時間も投資もしていただいたので、迷惑をかけたと思っています。そこをちゃんと自己認識して、28歳でビジネスパーソンとしての修行をゼロから再始動できたことが、自分の後の人生につながった一番の理由です」

28歳の再始動の場所となったのは、楽天イーグルス。きっかけは、新聞で楽天がプロ野球界に新規参入を目指すというニュースを目にしたことだった。すぐさま、以前仕事で縁があった方をかいして楽天の三木谷浩史に連絡。スポーツビジネスへの情熱を伝え、球団準備室のメンバーとなる。

「三木谷さんに拾ってもらわなければ、今の自分ありません。社会人をゼロからやり直す覚悟があるかと問われました。28歳の新卒社員ですね」
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Forbes JAPAN編集部=文 小田駿一=写真

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