歩きながら考える。ユナイテッドアローズ栗野宏文の仕事論

栗野宏文 ユナイテッドアローズ上級顧問(c)You Ishii

大学卒業後にアパレルの世界に進み、ビームス黎明期の活躍を経て、1989年にユナイテッドアローズ創業に参画。現在、同社の “上級顧問クリエイティブディレクション” 担当という肩書を持つ栗野宏文は、およそ50年にわたり日本のファッション界を見てきた。

近年は、デザイナーの登竜門とされる「LVMHプライズ」の外部審査員を長年務めるなど、国際的にも活躍。2020年刊行の著書『モード後の世界』(扶桑社)では、ファッションの視点から、マーケティングや消費を動かす社会潮流、自身の価値観、仕事論までを綴り、多くの共感を得て台湾や韓国でも訳本が出版されている。

Forbes JAPANでは、今年の「30 UNDER 30」のアドバイザリーボードとして協力を依頼。ファッション業界の近況、課題、欧州出張での気づきなどを聞くと同時に、自身の「U30時代」を振り返っていただいた。今年70歳を迎えた業界の重鎮が、U30を“見守る世代”に贈る言葉とは。

身を委ねて、柔軟かつしなやかに

30歳よりは後ですが、自分がすごく行き詰まっている時期があったんです。その頃に、友人の実家である静岡のみかん農家に、収穫の手伝いに行きました。朝からみかんをとり、お昼時になったので一息入れようということで、地面に腰かけておにぎりを食べました。

天気がすごく良くて、暑くもなく、寒くもなく、ちょうどいい秋の気候で。「心地良いな」と思って、その場でゴロンと横になったら、一眠りしてしまって。しばらくして目が覚めると、なんと別人になっていた。なんというか、自分がそれまで悩んでいたことがスパッとなくなっていて。いわゆる「吹っ切れた」ということなんでしょうね。

僕は東京育ちで、自然を意識したことはあまりなかったんですが、そこで‘自然の治癒力’とでもいうべきものを実感しました。地面で寝たことで、いいエネルギーを直接もらったんでしょうね。超常現象でも精神論でもなく、ただ「地面の上で寝た」、それだけのことなんですが、それ以降、精神的に強くなりました。

もちろん仕事で大変なことも、調子が良くないことも多々あるのですが、その都度「いくら悩んでも意味がない。壁は壁だから。それより一歩踏み出そう」と、思えるようになったんです。無理をせず、状況に身を委ねるという在り方が、実は重要なのではないかと。例えば大谷翔平選手なんかは驚くべきパフォーマンスを出していますが、基本は自然体というか、無理をしていないように見えます。

若い頃から、目標を定めたことはないんです。歩きながら考えるというか、来たものを受け止めるというか。受け止めたものが難しい場合は、プランBやCでいく。そんな、ある意味柔軟な生き方をしてきました。ただ、冷静ということではなく、客観的に判断し、行動する際には熱量高く、という感じですかね。

もちろん、大きな目標を掲げて、それに力強く向かっていくことは素晴らしいと思います。ただ目標が決まりすぎていると、達成できなかった時にがっくりきたり、ポッキリ折れてしまうこともあります。僕の場合は目標は定めず、「しなやかに生きる」という方がしっくりくるんです。

今はユナイテッドアローズ上級顧問の他に、「ユマノス(HUMANOS)」というアルトルーイズム(利他心)を基本精神とするモノ作りの会社をやっています。そこでは自分も営業に行くこともあるんですが、強く売り込むようなことはありません。「良かったらみてください」くらいの感じで。それも無理をしない感じでやっていますが、その方がうまくいくみたいです。
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文=国府田 淳 写真=You Ishii 編集=鈴木奈央

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