著者のジョン・ドーアは、GoogleやAmazonへの初期投資家として大成功を収めた人物であり、2006年からクリーンテック投資を手がけているこの分野の草分け的な存在です。
現在、気候変動危機を回避するために、数々の国・地域が「2050年までに温室効果ガスの排出量ネットゼロを達成する」という目標を掲げています。しかし、それを達成するための実行可能なアクションプランを示すのは容易ではなく、多くの人が途方に暮れているのではないかと思います。著者は本書にて、Googleを成功に導いたOKRという目標設定方法を用いて、50年までにネットゼロを達成するための「スピード&スケール計画」という明確なアクションプランを示しました。このような取り組みは、まさに起業家精神のなせるわざで、米国を代表するベンチャー・キャピタリストである著者の真骨頂であると感じます。
本書では、交通の電化や電力の脱炭素化、食料の見直しなどの6つの課題を設定し、それぞれについての詳細なアクションと具体的な数値計画が、時間軸とともに描かれています。今後、脱炭素関連領域においてどのような市場がどれくらいの規模・スピードで生まれてくるかということが理解でき、そこに広がるとてつもないビジネスチャンスに強い興奮を覚えました。
ネットゼロを達成するためには、さまざまな分野においてグリーンプレミアム(=従来の製品・サービスと環境負荷の低い代替製品・サービスの価格差)を解消していくことが重要です。そして、グリーンプレミアム解消のためにはスタートアップによるイノベーションが不可欠です。
近年、脱炭素領域におけるスタートアップへの投資は増加してきましたが、ネットゼロを達成するという観点ではまだまだ足りず、著者もネットゼロを達成するためには、現状の4倍近い投資が必要であると試算しています。当社も、Luupやパワーエックス等に続く、脱炭素スタートアップへの投資をさらに加速していく方針です。
もうひとつ感銘を受けたのは、米国社会におけるベンチャー・キャピタリストの存在感です。本書には、著者の活動に賛同する50人以上の対談者が登場するのですが、その顔触れは、アル・ゴアやジョン・ケリーなどの政治家や、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾスなどのテック大手の経営者など各分野のリーダーが勢ぞろいしています。大きなビジョンと具体的なプランを示し、社会全体を巻き込んだムーブメントを起こす──ベンチャー・キャピタリストが社会に与えうるインパクトの大きさをあらためて感じさせてくれた一冊です。
title/Speed & Scale 気候危機を解決するためのアクションプラン
author/ジョン・ドーア(著)、土方奈美(訳)
data/日本経済新聞出版 2970円/716ページ
profile/1951年生まれ。ベンチャー・キャピタリスト。インテルに入社後、ベンチャー・キャピタルのKPCB(現・クライナー・パーキンス)に移り、TwitterやAmazon、Googleなど成功を収めた多くのテクノロジー企業への投資を行ってきた。
おくの・ともかず◎早稲田大学商学部を卒業後、ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA取得。外資系証券会社の投資銀行部門を経てCCCグループに。同傘下IMJ Investment Partners Japan設立。2017年に独立しSpiral Ventures Japan(現:Spiral Capital)を設立。