そのため、ロシア国家安全保障会議のドミトリー・メドベージェフ副議長が7月30日、もしウクライナの反転攻勢が成功すれば「核の大火」を招くだろうと警告した時も、たいして注目されなかった。西側のウォッチャーの間では、ロシアの高官によるこうした発言はたんなる「はったり」と見る向きもあるようだ。
一方、米国のジョー・バイデン政権はかねてロシアの警告を真剣に捉えており、ウクライナに対する武器支援では「足りなさ過ぎず、やり過ぎもしない」ほどほどのあんばいを探ってきた。それでも、別の核保有国の隣国を戦争で支援することには常に危険がつきまとう。プーチンのインナーサークルが何を考え、さまざまに変化しうる事態にどう反応するか正確に理解していると言い切れる人は、米政府に誰1人としていないだろう。
こうした状況を踏まえ、本稿ではロシアが核兵器の使用に踏み切る5つのシナリオを検討してみたい。米国が立案するシナリオでは通常「核の敷居」が越えられる場合はまず、限定的・局地的なものになると想定されるので、ここでは主に戦術核兵器が使用される事態に絞ることにする。ロシアは戦術核兵器をおよそ1900発保有する。
ロシアの通常戦力が戦場で崩れる
ロシア軍部隊のこれまでのウクライナでの戦いぶりは精彩を欠いており、戦場でさらに敗北を喫したり後退を余儀なくされたりする可能性は無視できない。ロシア軍についてはかねてさまざまな欠陥が指摘されてきたが、最近は利用可能な精密弾も不足しているほか、前線で戦ってきた雇い兵組織ワグネルの部隊も失っている。どこかの時点で、低出力核兵器の限定的使用がロシアにとって敗北を回避するのに残された唯一の選択肢と見なされるかもしれない。ロシアは弾道ミサイル「イスカンデル」をはじめ、核弾頭も搭載できる各種兵器をウクライナ周辺に配備しており、それが使えない場合も、温存している空軍に頼ることができる。
ロシアが核兵器使用を使用する場合、最初はウクライナに向けたものに限定され、ウクライナ政府に衝撃を与えて屈服させることが主な狙いになるだろう。プーチンには、こうした力の行使をすれば、西側諸国は戦争に関する戦略を全面的に見直さざるを得なくなると信じる十分な理由がある。