エムパワー・パートナーズ・ファンドのゼネラル・パートナーで翻訳家の関 美和、DNXベンチャーズのパートナー高岡美緒。ふたりは共に、外資系金融業界でキャリアをスタートし、現在はベンチャー投資の世界で活躍する。ビジネスパーソンとして、母として、そしてひとりの人間として、どのように、お金と人生を考えてきたのだろうか。
関 美和◎慶應義塾大学文学部、法学部卒業。電通、スミス・バーニーを経て米ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。米投資会社を経て、翻訳家として独立。2021年ESGを重視したエムパワー・パートナーズ・ファンドを設立。
高岡 美緒◎英ケンブリッジ大学自然科学部卒業。外資系証券会社勤務後、マネックスグループ執行役員として戦略的M&A、新規事業発などを担当。ヘルステックスタートアップCFOなどを経て、2021年よりDNX ベンチャーズ パートナーに。
関:私は投資顧問会社を辞め、フリーランスの翻訳家として駆け出しのタイミングで、夫に離婚を切り出されました。無職のシングルマザーとなり、小さな子どもがふたりいるのに、初年度は翻訳だけをやって年収150万円。時は2008年、リーマンショック直後です。金融に戻ろうかと、面接を受けても、仕事はなかなかない。一方、翻訳の仕事の依頼はたくさん来ていたので、1、2年は食いしのげるかなと、とりあえず仕事は選ばずに、取り組みました。意外にも順調にヒット作が出て、それなりに稼げるようになりましたが、あの時、お金に振り回されなかったのは、会社員を辞めたばかりで、貯金があったからです。
高岡:セーフティネットとしてのお金ですね。『サイコロジー・オブ・マネー』という世界的ベストセラー本のなかでは「お金は何のために必要なのか」が説明されています。それは、幸せのためであったり、セキュリティのためであったり、自由を得るためであったり、好きな時に好きな人と好きなことをやるためであったり。あくまでも、お金は「手段」ということです。関さんのケースは、まさにセキュリティのためのお金の話。セーフティネットがあれば、不測の事態が起きたとしても、失敗できる。安心してリスクも取りやすい。貯金があったからこそ、その時の低い報酬額に振り回されなかった。そもそも報酬額はどの業界かによって、変わりますよね。
関:そうです。金融から翻訳の仕事に変え、稼ぎが減ったから「自分の価値って、これくらいか」とショックを受けることもありませんでした。翻訳という業界の報酬水準がわかっていましたから。
高岡:私も一度、報酬の10分の1になってでも挑戦したいポジションがありました。目に見える報酬だけが仕事で得られるものではないと考えたためです。現在、リスキリングも話題ですが、将来的な自分の価値につながるスキルや経験が得られるならば、その時々の報酬を気にしすぎる必要はないと思います。
関:ちょっと先をみて働くことですよね。60歳、もっと先の70歳でもいい。その時点でのターミナルバリュー(将来のキャッシュフローを試算してその価値を計算する際に、試算ができない期間以降について算定された永続価値のこと)が、自分の現在価値のなかでいちばん大きな割合を占めるような気もします。そのターミナルバリューを最も大きくするためにやるのがいまの仕事。そんなイメージをもって、当時もいまも働いています。
高岡:私も仕事をキャッシュフローだけでみておらず、ネットプレゼントバリュー(投資対象事業のキャッシュフローの総和を、現在価値に割り引いた「正味現在価値」)でみています。その時々のキャッシュフローは増減するものですが、スキルセット、経験、人脈などは、将来のキャッシュフローにおそらく反映されてくるはずですから。