僧侶とアクティビスト、その交差点で生きる西村宏堂の挑戦

ここ数年、アイデンティティとは何かを考える機会が増えてきた。それは自身がコロナ禍以降、複数のメタバース空間で、何体ものアバターを使って社会活動をしていることも関係しているだろう。

自分は一人なのに、参加するコミュニティにより別々のラベルがつけられる。そのラベルはニックネームや見た目、時にはコミュニティが持つボキャブラリーによって変化する。そして、ジェネレーティブAIを始めとする技術の進化によって、超リアルなバーチャルヒューマンも登場し、我々の相談相手になったり、雑誌の表紙になったりする。

20世紀の精神分析学者エリク・H・エリクソンは、アイデンティティという言葉には、自分の中で自分が連続しているという内的な同一性と、自分という存在が社会から承認されているという社会的な同一性、二つの意味があり、複数の自己が一貫した自己に統合される時に、精神も安定すると論じている。しかし、それはもう過去のようだ。広島大学大学院の木谷智子氏らの青年心理学研究では、21世紀は多面的な自己を持つことに葛藤を抱かず、精神的健康を維持する人間が多いと指摘している(※)

そうしてアイデンティティへの関心が高まる中、今回私は、非常に魅力的な方に出会えた。アーティストであり、僧侶であり、LGBTQ当事者でもある西村宏堂氏だ。ニューヨーク、ロサンゼルスで学び、ミス・ユニバース大会やハリウッドでメイクアップアーティストとして活躍。さらに、LGBTQの一員として様々な啓発活動に力を注ぐ宏堂氏に、自己がマルチ化していく現代において、「アイデンティティ」をどのように捉えていくべきか、そして宏堂氏のアーティスト、僧侶、LGBTQ当事者というアイデンティティの間にはどのような関連性や矛盾があり、それらをどのように調和させているのか。話を聞いた。

異なるアイデンティティを混在させ、人々の価値観を変える

「『LGBTQの当事者である』という、ともすればネガティブに捉えられがちだったアイデンティティと、『僧侶である』というポジティブなアイデンティティを混在させたら、人々の中で混乱が起き、様々なことを考え直してくれるきっかけになるんじゃないかと思いました」

宏堂氏がインタビューの冒頭、明らかにしたのは、アクティビストとしての原点だった。宏堂氏は自らの異なるアイデンティティを混ぜることで、人々に新たな視点を提供する。それは私たちがアートに向き合う際に、様々な発見をする行為と似ている。

「私は、お寺に生まれました。親からお坊さんになりなさいとは言われたことはないのですが、周囲の方の期待が大きくて。『いつ髪の毛を剃るのか』『お経の練習をしているのか』などと聞かれたり、檀家さんからは、『男の子が生まれて安心ですね。おめでとうございます』 と言われたことも。

でも私自身は、ディズニー映画の「リトルマーメイド」に出てくるアリエルや「美女と野獣」のベルが大好きで、スカートを履くのもすごく好きでした。だから、周囲から期待されている自分と実際の自分は、全然違ったんです。自分が自分らしくいるっていうことが、周りの人を嫌な気持ちにさせるんじゃないかと、長い間悩んでいました。お坊さんの修行にも行きたくなかったんです」

そんな宏堂氏を僧侶の道に導いたのは、パーソンズ美術大学への留学時代に起きたある出来事だった。
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