年収3万円の元お笑い芸人、井村俊哉は十数年間で金融資産50億円まで築き上げた、日本有数の個人投資家として知られている。井村の極意は、「アルファ(超過収益)」を追求すること。「本源的価値から不合理に割安な銘柄」を見つけ、そこに大きく投資する。プロたる運用者の腕の見せどころだと、井村は言う。
株式の投資手法に限ったことだけでない。スーパーでの買い物や外食といったささいな日常もアルファの有無で決める。大学卒業後にお笑いの道に飛び込んだのも、労力をかけなくとも、高いリターンがあると思ったからだ。が、見事はずれた。「素質がない分、ほかの人たちより多くコストを投下しないといけない。非常に便益が悪かった」。
井村は2011年、芸人を続けながらも、株式投資を本格的に開始。2013年には、アルバイトでためた100万円を原資に1000万円の運用益を上げた。転機は、芸人を引退した2017年。次の道を模索するなかで、自分には株式投資しかないと覚悟を決める。翌2018年に全資産の9割、総額1億円を1銘柄に入れ、資産は5億円まで膨れ上がった。無謀な賭けではなかった。
井村いわく、「妥協なき情報収集と終わりなき深掘り」の成果だ。「確信度を97まで磨き上げられたら、リスクは限りなく小さい」と判断する。その後毎年運用益は倍額し、2023年に50億円に到達した。一日で資産が数億円減る日もあるが、不安はない。「最悪な場合でも、結婚当初の主夫生活に戻るだけですから」と笑う。
大金を手にしても、生活は至って地味だ。「欲しい物はありませんし、お酒も飲みません。家族旅行も自分から進んで行かないので、妻には文句言われっ放しです」。1日24時間、睡眠を除いて企業の分析に注ぐ。常時注視する銘柄は500から600。決算など開示資料は全件チェックする。そこまでするのは、「平均的なリターンを上回る部分を獲得する、超過収益の追求のためです」。資産を増やすことに興味はない。アルファを見つけることが最大の喜びなのだ。
「これまでは自分のためだけに運用してきました。これからは社会の公器としての運用に挑戦したいですね」。その一歩として、2019年に起業した。今年はさらに、「ニッポン解放」という名の新たなファンド組成を来年春をめどに目指している。「利益を社会全体で共有して、日本の家計に貢献したい。目標は視座高く、家計の現預金1000兆円のシェア1%である10兆円ファンドの実現です」。
いむら・としや◎Zeppy代表。株式投資家。中小企業診断士。1984年生まれ。群馬大学工学部卒業後、2009年にお笑いトリオとしてデビュー、11年にキングオブコントで準決勝進出。大学在学中から始めた株式投資を本格的に始め、17年に引退。19年に株式会社Zeppyを設立。著書に『年収3万円のお笑い芸人でも1億円つくれた』(日経BP社)。