私たちの「時間」の使い方は、本当に今のままでいいのだろうか? 今回提唱する「時間を払う」感覚を身につけることで、これまでと違う新しい時間の捉え方ができるかもしれない。
最近、時間術が話題です。時短、タイパ、タイムマネジメント。人生の時間は限られている、できるだけ無駄なく生産的に時間を使おう。そんな言葉もよく耳にします。何となくうんざりしている人もいるかもしれません。
今回紹介するのは「時間を払う」というコンセプト。時間を使うでも、お金を払うでもなく、「時間を払う」。薬学を専攻し、デザイナーとして働く筆者の、新しい時間のとらえ方を紹介します。
タクシーで10分か、歩いて30分か
突然ですが質問です。あなたは、今いる場所からある目的地へ移動しなければなりません。検索してみたらここからの距離は2~3km。行き方は2通り。1.タクシーに乗って10分。2.歩いて30分。あなただったらどちらを選ぶでしょうか。そしてどちらが「高価な行為」でしょうか。タクシーに乗るほうが「高価な行為」だと答える人は多いでしょう。東京だと10分乗って1500円くらい。お金はかかりますが、タクシーに乗ったほうが早いし疲れない。何より効率がいい。経済合理的だ。タクシーで移動する間に打ち合わせしよう。徒歩に30分も使うなんてもったいない。お金を払って時間を買うのだ。僕も昔はそう思っていました。
しかし最近、これが逆転しているような気がします。実は歩くことのほうが「高価な行為」なのではないか。例えば、散歩の健康効果を考えてみます。最近の研究では、散歩はうつ病の予防になり、抗うつ薬に近い効果があることがわかっています。さらにはストレス解消や不眠予防、認知症予防、記憶中枢の活性化、創造力の活性化と、散歩の効果はたくさん。仕事の合間に30分歩くことは「魔法の薬」を飲むようなものです。健康の観点からは、歩くほうがタクシーよりも遥かに高価な行為なのです。
時間をめぐり、価値の逆転が起きている。
経済合理性を起点に考えるとタクシーに乗るほうが高価だ。しかし、人間の健康を起点に考えると歩くほうが高価だ。この逆転現象を「時間を払う」というコンセプトで説明します。我々が歩いて移動するとき、ただ歩いているのではありません。「30分という時間」を払って「散歩という体験」を買っているのです。そうとらえてみると、タクシーに乗る行為は「30分という時間」を払えない人がしぶしぶやる行為に見えてきます。1500円という値段が高すぎてタクシーに乗れないのと同様に、30分という時間が高すぎて歩くことができない。どんなにお金をもっていようと、その状態は時間貧乏といえるでしょう。