ヘルスケア

2023.07.31 15:00

脳は大量の情報を保存できるのに、なぜ物忘れをするのか

遠藤宗生

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セラピーにやってくる人の多くが、自分は物忘れが酷いと訴える。たとえばこんな風に。

・誕生日や記念日、約束などの日にちを覚えられなくて困っています。みんなをがっかりさせたり、チャンスを逃したりしているのではないかと心配です。

・鍵や財布、携帯電話、メガネを置いた場所をしょっちゅう忘れます。見つけるためにかなりの時間を無駄にして、仕事や大切な約束に遅れてしまうこともあります。

・人の名前をいつも忘れてしまいます。会ったばかりの人でさえそうです。とても気まずくて、いらいらします。

自分にも心当たりがあったとしても、心配は無用だ。人は時として物忘れをするもの。特に、ルーチンや、つまらない作業・情報については忘れがちになる。人間の脳は常に大量の情報を処理し続けているため、重要度の低い情報が抜け落ちてしまうことはよくある。だからといって、自分の記憶や認知能力に問題があることにはならない。

また、物忘れは「脳が満杯」だからではない。人の脳は電気信号や筋肉、神経細胞(ニューロン)などが複雑に絡み合っているものであり、ストレージが有限な携帯電話などよりはるかに複雑で動的だ。

むしろ、忘れることは脳の機能の一部であり、バグではないことが、科学誌ネイチャーに掲載された研究論文では示されている。

忘却により、変化する環境への適応が可能に

アイルランドのトリニティ・カレッジ・ダブリンと、カナダ・トロント大学の科学者たちは、忘却は単なる受動的プロセスではなく、脳内で常に働いている能動的メカニズムであるという新たな仮説を立てた。

古い記憶は、分解したり崩壊したりするのではなく、時間と共に意味がなくなり、アクセスが困難になっていく。そして最終的に、存在しないのと同じことになる。新たな仮説では、この状態が一般的に「忘れた」と言われるものだとされる。

人間の記憶は、記憶に特化した神経細胞である「エングラム細胞」に保存される。これは、周囲の信号に呼応して活性化される。
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翻訳=高橋信夫

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