優れたAI関連企業を選出する米フォーブスの「AI50」リストに名を連ねた「Scale AI(スケールAI)」創業者アレグザンダー・ワンは、“早熟の天才”として知られてきた。だが、ビジネスモデルの倫理的な問題や脆弱性、競合の台頭について懸念が生じている。同社はこれらの課題を解決しつつ、目指す米国のAI時代における優位性維持に寄与できるのか?
2018年に先祖の故郷に旅行した際、アレグザンダー・ワン(26)は、中国で最も優秀なエンジニアたちによる人工知能(AI)に関する見事な講演を聴いた。ただ、AIが具体的にどのように活用されるかという話題があからさまに避けられていたことに、彼は違和感を覚えたという。
自身の両親が中国からの移民で、初の原子爆弾が設計された米ロスアラモス国立研究所の原子核物理学者だったワンは、腑に落ちなかった。「想定される使い方について話が及ぶと、彼らはとにかくはぐらかすんです。何かよからぬ理由があるのは見て取れました」(ワン)
ワンは、AI分野で注目のスタートアップ企業である「Scale AI(スケールAI)」の共同創業者兼CEOだ。彼の名前のつづりが一般的な「Alexander」ではなく、eがひとつ少ない「Alexandr」であるのは、両親が文字数を中華圏で縁起が良いとされる8にしようとしたからだという。スケールAIはこの当時、前途有望な新興企業として主に自動運転車を開発する自動車メーカーにデータサービスを提供していた。しかしワンは、AIが早々に世界秩序を覆すことになるかもしれないと懸念し始めていた。
「人類の歴史を振り返ると、この80年ほどは珍しく平和的でした」と、サンフランシスコの中心街にあるビルの6階にあるスケールAIの本社でワンは語る。眼下では時折、自動運転で走るクルマが勢いよく通りを走り抜けていく。「この状況は、米国のリーダーシップに負うところが大きいんです」(ワン)
ワンは一見すると、大学を卒業したばかりの若者のような、ともすれば移り気な雰囲気を醸しだしている。彼は、ビリー・アイリッシュやグレイシー・エイブラムスなどのサッドガール系と呼ばれるジャンルの音楽を好み、ゴープコアと呼ばれる洒落たアウトドア風のファッションに身を包んでいる。バーに行けば、年齢確認のため、いまだに毎回のように身分証明書の提示を求められる。
ワンが頭角を現し始めたのは16年のことだ。それは、主に自動運転車向けのAIに必要な大量のデータへの「ラベルづけ」事業で勝負に打って出たことがきっかけだった。この分野では誰かが、紙袋と歩行者の違いをAIに学習させる必要がある。
ワンはこの市場を囲い込み、スケールAIをもうひとつの部門、すなわち生成AIでも有利な立場に位置付けた。これが先見の明のある一手となり、業界屈指の大手企業に加え、米国政府をも顧客として獲得することにつながった。
「僕らは、生成AIゴールドラッシュ時代の“つるはしとシャベル”なんです」とワンは話す。生成AIはすぐにスケールAIにとって収益性の高い事業となり、同社によると、昨年は2億5000万ドルの収益を生み出した。
そのテクノロジーは、米国防総省がウクライナの衛星画像を分析するために使われたり、OpenAI(オープンAI)が開発した対話型AIチャットボット「チャットGPT」が、雑学的な質問に答えたり詩を書いたりする能力のトレーニングに使われたりしている。