地政学の知識だけでなく、複雑な国際情勢を読み解き、自社の活動への影響やリスクを特定し、経営判断をくだす。地政学に経済の視点を入れた「地経学」の考え方が経営者に求められるようになっているが、スキルやノウハウの習得、人材の確保も容易ではない。
そこで、地経学リスクに対する備えと対処の能力を身につけた人材、CGO(チーフ・ジオエコノミクス・オフィサー)の養成プログラムを開始した地経学研究所長の鈴木一人、同研究所経営主幹で、経営共創基盤・共同経営者の塩野誠、日本でいち早く経済安全保障統括室を立ち上げた三菱電機常務執行役で元経済産業省資源エネルギー庁長官の日下部聡を招き、日本企業で課題となっている地経学リスクとの付き合い方と日本のチャンスについて聞いた。
──地経学研究所では、昨年に続き国内100社を対象にした「2022 経済安全保障アンケート」を実施しました。どのようなトレンドが見えてきたのでしょうか。
鈴木一人(以下、鈴木):2022年2月にロシアのウクライナ侵攻があり、そしてロシア制裁が始まりました。さらに5月に経済安保推進法が成立して、その変化が見えるのではないか、というのがひとつ大きな予測でした。実際のところは、ロシアよりもなんといっても中国、特に台湾有事に対する意識の高さというのが際立っていました。
法律の成立から施行は2年にわたり、具体的な対策という点では、とりわけ生産拠点移管、これはすぐにできるものではないので、取り組みを始めているのが22.2%という数字になっていました。「まだこれから」というところが大半であるとも言えます。今回かなり幅広い業種に対して聞いているので、業種によってリスク感覚というのは相当違います。
いずれにしても、問題意識の高さはうかがえます。肌感覚ですが、諸外国と比べて日本の場合、政府の考えている戦略に企業が適応していく、という性格がかなり強い。米国では米中対立で、政府が「経済の武器化」を進めていますが、企業の利益に反したかたちで米政府が中国に圧力をかけようとするので、政府と企業の狙いがちぐはぐしているようにみえます。一方で日本の場合はある程度企業とすり合わせるという政策運営になっているようです。
アンケートで企業が挙げている政府の課題では、いろんな意味で判断基準がはっきりしないという声が多かったです。企業としては明確な基準が欲しいというのが率直なところでしょう。経済安保推進法を通じて、企業の競争力がそがれることがいちばん望ましくないという意見が多くありました。
あと、スピード感、意思決定が遅いという問題もあります。また、米中対立が非常に不透明な状況のなかで、情報提供を求める声や日本がリーダーシップを取ってほしいという意見もありました。いちばん大事なのは官民の対話であるという声も目立ちました。