自身の「声」の多重録音やマルチチャンネル音響を活かした細井氏のサウンドインスタレーションは、新作が発表されるたびに脚光を浴びてきた。今回、同美術館の所蔵作品にもなる新作のコンセプトや、細井氏が音響制作のツールとしてiPad、そしてアプリ「Logic Pro」を使う理由をインタビューした。
誰でも体験できるアートを未来に遺す長野県立美術館
長野県立美術館は2021年春のリニューアルオープンに向けて「新美術館みんなのアートプロジェクト」を立ち上げた。同プロジェクトでは作品を観るだけでなく、触れたり音を聞いたり、身体のあらゆる感覚を使って子どもや障がいを持つ方々も身近に体験できるアートを未来に遺す取り組みとして、プロジェクトに賛同するアーティストに制作委託を行っている。第Ⅱ期の作品として本館1階の「交流スペース」で公開中の新作『配置訓練』は、映像をビジュアルアーティストの比嘉了氏が手がけた。長野県出身のキュレーター/プロデューサーである阿部一直氏がキュレトリアルアドバイザーとして展示を支えている。
本作品では、美術館が掲げる「ランドスケープ・ミュージアム」のコンセプトを映像と音響により再解釈することに挑んでいる。交流スペースの大きな壁面には、長野のランドスケープにインスパイアされたという山々や星空の美しい映像が複数台のプロジェクターにより投射される。そしてマルチチャンネルスピーカーシステムによるサウンドインスタレーションとともに、ダイナミックでありながら、観る者の心の深い場所とリンクする静かで穏やかな世界を描き出す。
膨大な量の情報との向き合い方を「訓練」する
『配置訓練』という作品のタイトルに込めた思いを細井氏に聞いた。いま私たちはたくさんのデータに囲まれながら暮らしている。先端にあるテクノロジーは、日々生産・蓄積されるデータをスマートに処理するために進化を遂げようとしている。だが「むしろ、処理しきれない膨大な量のデータと対峙する時に、私たちは自由な思考を持つべき。ものの見方を変えるのではなく、自身の基本的な姿勢や考え方の軸を持つことを促したいという思いが、作品のタイトルとした『訓練』という言葉につながる」のだと細井氏は説く。
『配置訓練』の映像の一部は、国土地理院が公開する長野県立美術館周辺の地形データを基につくられた。夜空の映像にも実際の恒星の位置情報の観測データを用いている。2人のアーティストは、様々な文化圏の星座の組から派生して、これまでになかった星の結びを生み出したり、地球より外の視点から星座を眺めることで、あくまで星座という情報処理は地球目線の平面的な場合であることを示し、鑑賞者にも新たな視点への気づきを促そうとしている。
「星座という言葉は、学術的には地球を緯度経度に沿った境界線で区切った領域を示しているそうなのですが、古来人々は恒星の位置情報という季節や方角を知るために重要なデータを今日我々が呼んでいる星座という記号に置き換えてコミュニケーションを取ってきたと理解しています。この作品を通して、私たちが当たり前に触れている膨大な情報にもまたルールにとらわれない新しい解釈があり得ることを伝えたいと考えました」
長野県立美術館で公開された『配置訓練』細井氏がビジュアルアーティストの比嘉了氏といっしょに手がけた新作だ
『配置訓練』という作品の中で、映像と音は対等の関係にある。細井氏と比嘉氏はコンセプトの立案からワークフローの構築まですべて2人で決めながら、長い時間をかけて作品を練りあげてきた。