アート

2023.07.25 09:30

自身の「声」で作品を生み出す細井美裕が新作をiPadで創り上げた理由

音響面で細井氏はスピーカーのレイアウトにもこだわったという。それはいわゆる定石に従ったサラウンド再生のためのレイアウトではなく、対等の関係にある映像と音による没入効果を最大化することに主眼を置いている。

「2つの壁面を使うワイドな映像に対して、スピーカーの向きを内側に振って配置すると、観る方には音のスイートスポットが限られてしまい、その方向に視線が誘導されてしまいます。だから、天井に配置した4つのスピーカーを壁面の向きに沿わせて『大きなステレオイメージ』を描く方向にしました。壁面と反対の後方にもスピーカーを1台配置することで、広い視野のビジュアルと音を一致させています」

展示スペースの床面左右には低音域を再生するためのスピーカーであるサブウーファーが1台ずつ置かれている。足もとを重低音が力強く支えることで、音場に豊かな奥行きと立体感を与えている。

創作スタイルを変える転機があった

昨今はサウンドの創作、あるいはオーディオに関わるテクノロジーのトレンドもまた短い期間に変化する。細井氏もサウンドアーティストとして試行錯誤を繰り返しながら創作の道を拓いてきた。

自身の声を多重録音したサラウンド作品も発表している細井氏のルーツは、高校生の頃に所属していた合唱部にもある。細井氏は、当時からサラウンドに憧れていたことが、今の自身の作品にも反映されていると話す。合唱の作品を1人でつくることは難しいが、サラウンド環境で多重録音をすれば1人で実現できる。サラウンドに対応するデジタルツールやシステムと出会ってから、細井氏はサウンドアーティストとして可能性を広げることができた。ところが一方では「表現ではなくコンテンツとしてのサラウンドの実情もわかってきて、サラウンドに批判的な視点を持つようになった」と振り返る。

近年の創作スタイルがどのように変わってきたのか、振り返りながら語る細井氏(衣装:th products)近年の創作スタイルがどのように変わってきたのか、振り返りながら語る細井氏(衣装:th products)

一般にサラウンド作品のスケール感は「スピーカーの数」で評価されることも多くある。サラウンドの先端テクノロジーを象徴する言葉が1人歩きをすることで、アーティストが伝えたい本質が隠れてしまうことを細井氏は危惧しているのだ。

「最初に手がけたサラウンドの作品は、私が伝えたかったことに適していたことから22.2ch対応のシステムを採用しました。ところが展示に触れた方がスピーカーの数のインパクトに影響を受けてしまい、作家の意図を伝えきれないもどかしい思いをしました。その経験から私は自身がバランスを取ることの大切さを学びました」

以来、細井氏は「システムも作品の一部として設計する」というスタイルをとっている。元からサウンドインスタレーションを設計し、実装する段階は細井氏が1人で行えるものではないが、発表する場所が決まったら現地まで足を運び、サラウンドにした時にこう聞かせたいというシミュレーションまで入念に行って、システム先行ではなく、イメージを実現させるために必要なシステムを設計する。
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編集=安井克至

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