ミュージックテクノロジーを駆使した表現活動を行う、エレクトロミュージックプロデューサー、DJの鶴田さくら。FENDIやTHE NORTH FACEといった世界的なブランドとのコラボレーションも行うなど音楽家として多彩な活動をしてきた鶴田のターニングポイントは、ある臨床現場での出来事だった。
鶴田は、祖父が認知症になったことから「何かためになることをしたい」と音楽療法に関心をもち、バークリー音楽院で音楽療法科を専攻。卒業後、米国の病院やリハビリ施設で音楽療法士としてインターンをしていた。事故によって右脳を切除した、同世代の患者との出会いがきっかけだ。
「施設では高齢患者さんが多く、唯一の同世代の患者が彼でした。これまでの生演奏を聴く音楽療法のアプローチだけでは満足しないのではないか。であれば、もう少し新しい方法、例えば、私や患者さんが好きな現代のスタイルを取り入れて、音楽を通してコミュニケーションしたいと」
鶴田は、音楽制作やパフォーマンスに使うラップトップやコントローラーパッドを臨床現場にもち込んだ。すると、患者が自ら触り音を出し、その音に目を輝かせて、一生懸命に口を開けて話そうとしたという。その場に居合わせたスピーチセラピストもこれまで見たことがない反応だった。
「テクノロジーの可能性を見た瞬間でした。体が不自由な方でも出したい音を触るだけで出すことができる。それがその人の声になって、表現方法になるアクセシビリティの高さに魅了されました」
鶴田はその後、バークリー音楽院に再入学し、音楽制作・デザイン科を専攻、ミュージックテクノロジーを学んだ。7年間の米国での経験を経てから、東京を拠点に作曲やライブ、DJ活動を行い、国内外の大学などで講義をするなど、国境や業界を超えて活動してきた。
これから鶴田が注力したいと考えているのが、テクノロジーを用いた表現の「教育」だ。「日本の音楽業界の『ジェンダーギャップ』の改善に貢献したい。ジェンダーギャップを埋めるために、女性が表現しやすい環境や場、学びの場がもっと増えることに貢献したいんです。女性でもテクノロジー表現をしている人は本当に独特な表現や技法、奏法を武器にしています。たくさんの『個性』をどんどん取り入れていかないと真の発展はしないのではないか、と」
「自分の周りのコミュニティや社会に音楽の力を通して貢献したい」という原点から始まった鶴田の活動はいま、新たな段階を迎えている。その思いとは何か。
「今年の国際女性デーのテーマは『Embrace Equity(公平性の尊重)』でした。私たちが目指すべきは『公平性』なのではないか、というのを、音楽の力を通して浸透させていきたいですね」
鶴田さくら◎音楽家。7年にわたるアメリカ生活を終え、2017年に帰国。東京を拠点に作曲、ライブやDJ活動を展開しながら、国内外の大学や専門学校にて特別講師として登壇するなど、教育分野にも熱心に取り組んでいる。22年11月に1st ALBUM『C/O』がリリースされ、一層の飛躍が期待される。