映画

2023.07.15 18:00

父と息子が仕事を通じて「出会う」旅│映画「シェフ 三つ星フードトラック始めました」

「食・音楽」との対比

本作では、その食と音楽に、中心と周縁、富裕層と民衆という対比が重ね合わされていることにも注目したい。

たとえば、レストラン「ガロワーズ」が提供するのは、一定の人気があって安定路線のフランス料理であり、客はいかにもセレブっぽい感じの人々だ。一方、カールが挑戦したいのは内臓などを使った自由な発想の料理で、最終的にはキューバサンドイッチというエスニックな民衆のソウルフードに行き着く。
2014年6月、『Chef』のヨーロッパプレミアに出席したジョン・ファブロー/ Getty Images

フランスに代表されるヨーロッパ的なものを「中央」とすれば、キューバを始め中米の国々は「周縁」に位置付けられてきた。食の描写を通じてその構図がドラマの中で逆転し、そこに地方色豊かな音楽が加わることで、「周縁」「民衆」がさらにクローズアップされている。

俳優陣にもラテン系の血が感じられる。カールを演じるジョン・ファブローは父がイタリア系、イネズを演じるソフィア・ベルガラとマーティン役のジョン・レグィザモはコロンビア出身、マーティンとともに助手を務めカールなき後にコック長になるトニー役のボビー・カナヴェイルは、アメリカ出身の非白人系だ。

貪欲な美食家であるラムジーが、最後にキューバサンドイッチのおいしさに兜を脱ぎ、カールにビジネス・パートナーになろうと申し出るのが、この逆転劇の締めくくりのエピソードとなっている。

「父」としてのカールはどんな人物か

さて、ここで「父」としてのカールを見てみよう。10歳の息子パーシーは母イネズと暮らしており、父子が会うのは2週間に一度だけだ。前半の2人は、仲は良いもののどこかズレが感じられる。

たとえばパーシーを市場に連れていったカールは、ケトルコーン(甘い種類のポップコーン)に興味を示す息子を料理人らしく諫め、果物を食べろと言うのだが、次のシーンではケトルコーンを2人で食べながら歩いている。

かと思えば、「辛いの好き?」と尋ね、「ノー」と言っているのに「好きだろ、来い」とアンドゥイユソーセージ(フランス系移民によってルイジアナ州に持ち込まれた粗挽き燻製ソーセージ。それをチリドッグで食べる場面がある)を食べに連れていく。どうもコミュニケーションが不器用で一貫性のない父親だ。

実はパーシーは父の仕事の現場を見たいと思っているのだが、カールが息子を連れていくのは遊園地。日々、自分のライフワークに邁進している一方で、息子が親の仕事に関心を寄せていることには気づかない、灯台元暗しである。

また、パーシーはいつも母親とチャットでやりとりし、あっという間にカールのTwitterアカウントをつくれるくらいにはスマホに馴染んでいるが、カールはまったくのSNS音痴だ。怒りに任せて書き込んだラムジーへの罵詈雑言は炎上するし、レストランで派手に怒鳴り散らして大顰蹙を買っている光景も、動画に撮られてSNSで拡散される。

喧嘩っ早さから引き起こしてしまった事の重大性に気づき、心配するモリーに「今は息子に会えん。恥ずかしくて」と吐露するカールは、仕事と名声とプライドを失い、料理人としても父としてもどん底を味わっている。
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文=大野左紀子

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