陸上自衛隊中部方面総監を務めた山下裕貴・千葉科学大学客員教授によれば、ウクライナ軍の進撃を阻んでいるのが、ロシア軍が三重に構えた防御ラインだ。各防御ラインには地雷原や戦車壕、「竜の歯」と呼ばれる障害物などが設置されている。ウクライナ軍が地雷原爆破装置や地雷原処理ローラーで地雷原に通路を開いた後、レオパルト2戦車やブラッドレー歩兵戦闘車などで前進すると、その出口で待ち構えていたロシア軍は対戦車ミサイルや戦車、砲撃などで応戦する。ウクライナ軍が一時退却している間に、切り開いた通路にロケット砲に仕込んだ地雷を空中散布するという、「堂々巡り」が続いている。ロシア軍の攻撃ヘリコプターや自爆ドローンも大きな脅威だ。山下氏は「ウクライナ軍は、まさに、(ロシア軍の陣地を)タマネギの皮を1枚ずつむいていくような戦いを続けています」と語る。
そんななか、山下氏が注目しているのが疫病・感染症による戦線への影響だ。ウクライナメディアは6月、南部ヘルソン州を占領しているロシア軍兵士の間でコレラが発生したと伝えた。ヘルソン州のカホウカダムの爆破により、コレラ菌や大腸菌の発生などの水質汚染も懸念されている。昨年5月には、ロシア軍内で3000人を超える新型コロナウイルスの感染者が発生したとも伝えられた。
山下氏は「ウクライナ軍に比べて、ロシア軍は占領地を経由した補給になるため、水や食糧、衛生用品の確保に苦労しているようです」と語る。戦線が膠着状態に陥れば、兵士は塹壕に入りっぱなしという過酷な状態にも置かれかねない。「劣悪な環境下での戦闘は兵士の士気を低下させ、体力を奪うことで免疫力も減り、風邪などの病気が蔓延します」。通常、疲弊した部隊は後方に戻し、兵士に食事や入浴などの休養を与え、戦闘服や戦闘靴などの装備を更新して戦力回復を図るが、そのためには1~2週間という時間が必要だ。長大な戦線では、こうした余裕もないかもしれない。