「新たな教養」 三つの深化

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

筆者は、現在、経営大学院で教鞭を執っているが、その講義に「ネオ・リベラルアーツ論」(新たな教養論)と名付けたものがある。この講義を開講した理由は、これからの時代に起こる「AI革命の進展」「映像・動画メディアの普及」「学習方法の多様化」によって、従来の「教養論」を大胆に深化させた「新たな教養論」が求められるようになると考えたからである。

これまで、世の中では、「教養」とは「書物を通じて学んだ、様々な専門分野の、該博な知識」として論じられる傾向があり、そのため、歴史学や宗教学、政治学や経済学、心理学や人間学など、幅広い専門分野での読書と学びが勧められてきた。

しかし、真の「教養」とは、本来、多くの本を読み、様々な知識を学ぶことではない。そうした読書と知識を通じて、「人間としての生き方」を学び、何よりも、それを実践することである。だが、現代の「教養論」では、しばしば、その「生き方」という大切な視点が、見失われてきた。

それが、筆者が「新たな教養論」を開講した理由でもあるが、ここで、「新たな」と銘打っていることには、もう一つの大切な理由がある。

それは、現代においては、「教養」の前提条件に、大きな三つの変化が起きているからである。

第一は「該博な知識」に関する時代の変化。

現在、急速に進展するAI革命の結果、いまでは、対話型AIに簡単な質問をするだけで、世界中のウェブから必要な専門知識を集めてきて、分かりやすく説明してくれる。そのため、「該博な知識」だけなら、もはや、人間はAIには絶対に敵わない時代を迎えており、AI革命が、「該博な知識」を持つことの価値を、大きく低下させてしまった。

第二は「書物を通じて」に関する時代の変化。

近年、様々なメディアの発達と多様化によって、人々が情報や知識を手に入れる方法が、劇的に変わってきた。その結果、「活字メディア」である書物よりも、「マルチメディア」である映像や動画を通じて情報や知識を手に入れる人々が増えている。特に、若い世代は、YouTubeやTikTokなどで情報や知識を手に入れることが主流となっており、書物を読む人が少なくなっている。

その結果、人々の「学び」のスタイルも大きく変わってきた。すなわち、活字メディアは「言葉」から学ぶスタイルであるが、映像や動画などのマルチメディアは、迫力をもって直接的に感覚に訴えるものであるため、ある種の「疑似体験」から学ぶスタイルであり、これが、今後、主流になっていく。

第三は「様々な専門分野」に関する時代の変化。

これまでは、「教養」を身につけるためには、難しい専門分野の本でも、努力して読みこなし、様々な思想や世界観、理論や概念を学ぶことが大切とされてきた。しかし、現代においては、専門分野の難しい本を読まなくとも、テレビの教養番組やドキュメンタリー映画、さらには、YouTubeの動画などを通じて、専門分野の学びが容易にできるようになっており、ときに、漫画やアニメを通じても「深い学び」が出来るようになっている。実際、最近では、身近なSF小説や娯楽小説、漫画やアニメでも、人類の歴史や未来、政治や経済の矛盾、DVやLGBTQの問題などを考えさせるものも生まれており、誰にもなじみやすい表現と印象的な物語を通じて、深い思想や世界観を伝えるものが増えている。
次ページ > これから起こるであろう、「教養」の在り方における三つの深化

文 = 田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年8月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

連載

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

ForbesBrandVoice

人気記事