桜子にメールを打つが、既読はつかず、待ち合わせ場所の郵便局の前にやってくると、驚くことに営業をしている。「今日は月曜日だ」と言う言葉に促され、ハジメは「消えた1日」に釈然としないまま、窓口業務につく。
主人公の「消えた1日」を象徴するシーン(c)2023『1秒先の彼』製作委員会
すると、窓口にいつも手紙を出すため切手を購入しにくる女性が現れる。ハジメは、彼女が自分と同じように真っ赤に日焼けしているのに気づくのだった。
作品の後半は、台湾版と同じく、この毎日のように郵便局に来る女性、レイカ(清原果耶)の視点で物語が描かれていく。レイカはハジメとは真逆で、何事にも「1秒」遅れてしまう女性。このすれ違う2人の不器用なラブロマンスと「消えた1日」をめぐる謎解きが、後半では徐々に明かされていく。
毎日のように郵便局にやってくる女性レイカを演じる清原果耶(c)2023『1秒先の彼』製作委員会
その過程にも、登場人物の苗字をめぐるエピソードなど、絶妙な「笑い」が散りばめられている。そして、台湾版にはない、宮藤らしい充たされぬ人たちの心震わすペーソスも挟み込まれているのだ。
監督と脚本家という立場で同じ作品に関わるのは、この作品が初めてだという山下監督と宮藤。今回のタッグは見事なまでに実を結んでおり、登場人物の微妙な心情にまで、物語は掘り下げられている。
後半次々と「解読」されいく物語
作品の舞台を「京都」にしたのも功を奏しているようだ。山下監督も「京都市のイメージは『せっかちでのんびり』。”時間”もこの作品のテーマの1つなので、その時間感覚も映したいと思いました」という。さらには、京都府の北部にある「天の橋立」などもロケ地となっており、「京都」という土地のさまざまな表情も描かれている。
京都府の北部に位置する天の橋立も物語の鍵となる重要な舞台となっている (c)2023『1秒先の彼』製作委員会
台湾版では、主人公の「彼女」を演じたリー・ペイユーが圧倒的な存在感を放っていたが、男女が入れ替わった日本版では、主人公の「彼」役の岡田将生が、彼女に勝るとも劣らない「残念なイケメン」ぶり演じている。
男女を入れ替えたことが、結果的に日本版には新たな魅力を与えているのだ。「1秒先の彼」はリメイク作品としては、出色の出来だと言ってもよい。
また、荒川良々、羽野晶紀、加藤雅也、片山友希、伊勢志摩、しみけんなど、脇を固める俳優陣も個性豊かな演技を披露しており、作品に彩りを与えている。また、残念ながら今年2月に他界した笑福亭笑瓶さんも出演しており、彼にとっての遺作となっている。
ちなみに主題歌の「P.S.」は、YOASOBIのボーカルikuraとして、またシンガーソングライターとしても活躍する幾田りらが書き下ろしており、作品のテーマにもマッチした曲が感動的なエンディングを締めくくっている。
映画『1秒先の彼』は7月7日(金)からTOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー(c)2023『1秒先の彼』製作委員会
とにかく「1秒先の彼」は、宮藤官九郎の卓越した脚本もさることながら、前半のハジメ視点で描かれた「消えた1日」の物語が、後半のレイカ視点で次々と「解読」されていくのにも圧倒的な爽快感を覚える。しかも、この「時間のズレ」に関して、日本版独自の解釈も披露されており、実にクオリティ高い作品となっている。
台湾版「1秒先の彼女」のチュン・ユーシュン監督が、この日本版「1秒先の彼」を観て(あるいは観たら)、どう思うのだろうか。筆者としては、尋ねてみたい気がする。
連載 : シネマ未来鏡
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