トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)という寄生虫は、あらゆる場所に存在し、ヒトを含むさまざまな温血性脊椎動物の筋組織や脳組織に感染する。ヒトでは、通常は免疫系により抑え込まれる(不顕性感染)ため大きな問題とはなりにくく、感染者のほとんどは自覚症状がない。しかし、免疫不全の状態では、重篤な状態にもなり得る。また、特に妊娠初期に初感染した場合、胎児が重篤な障害を負うことがある。
トキソプラズマ原虫が感染すると、軽度なものから深刻なものまで、多様な症状を引き起こす場合がある。インフルエンザに似た症状、リンパ節の腫れや痛み、重い眼疾患に加え、免疫機能が低下している患者では重篤な脳症に至ることもある。まれなケースだが、トキソプラズマ原虫が肺に侵入し、重篤な呼吸器疾患を発症した例も知られる。
イエネコを含むネコ科の動物は、トキソプラズマ原虫の終宿主(しゅうしゅくしゅ:成体が寄生する最後の宿主)だ。原虫は、ネコ科動物の体内で有性生殖し、生活環を完結させて、オーシストと呼ばれる、頑強で環境変化に耐性をもつ個体(一種の受精卵)を大量につくりだす。ネコは、糞便を介して、環境中にこれらのオーシストを排出する。
ヒトは、寄生虫卵に汚染されたネコの糞や、糞で汚染された食品などを口に入れることにより感染するほか、中間宿主(幼生が寄生する宿主)として汚染された豚肉や鶏肉などを、生または調理不十分なまま食べることでも感染が生じる。
トキソプラズマに関するこれまでの研究は、おおむね家庭で飼育されるイエネコによる原虫の排出に注目しており、自由に生活するイエネコ、野良ネコあるいはノネコの研究はあまり進んでいない。加えて、自由に生活するネコ科動物によるオーシストの排出に、気候変動や、環境汚染の主要因である人間活動がどのような影響を与えるかについては、ほとんど検討されてこなかった。
カリフォルニア大学デイヴィス校の博士課程に在籍するソフィー・チューらは、こうした知見の乏しいテーマに注目し、先行研究で収集されたデータに一歩踏み込んだ解析を行なった。
「Plos One」に2023年6月21日付で発表された論文において、チューらの研究チームは、自由に生活するネコによるトキソプラズマ原虫のオーシスト排出について、生態学的および疫学的側面を検討し、各種哺乳類への感染拡大リスクを分析した。
チューらは、6種の中型から大型の野生ネコ(ピューマやボブキャットなど)および、自由に生活するイエネコや、飼い主のいない野良ネコ、ヒトに給餌されている屋外生活するネコ、ヒトに給餌されていない「野生化」したノネコ)を対象とした、47の既存研究のデータの再解析を行なった。
元になった先行研究のデータ収集は世界各地で行われたもので、それぞれが、トキソプラズマ原虫のオーシスト排出に関連する可能性のある、さまざまな人為的要因や気候要因を検討していた。