小林さんによると、インド中華に特徴的な2つの味として、「シュエズワン」と「マンチュリアン」があるという。
シュエズワン(Schezwan=四川)は、文字通り四川風の赤トウガラシをベースにした味だ。例えば「シュエズワン・フィッシュ」という料理は、赤トウガラシや山椒、ニンニク、お酢の酸味をベースにした赤いチリソース「シュエズワン・ソース」を魚のフライにからめたもので、かなりのピリ辛味だ。
「1970年代にボンベイ(現ムンバイ)のタージマハルホテルにできた高級中華料理店『ゴールデンドラゴン』に四川から招聘した調理人がいて、彼の調理する中華料理が『シュエズワン』という名称で広まったものです」と小林さんは言う。
また、マンチュリアン(Manchurian=満洲)は、グリーンチリソース(青トウガラシ)とニンニク、ショウガ、醤油などをベースにした味つけだ。
たとえば「ゴビ・マンチュリアン」(ゴビはカリフラワーのこと)は、衣をつけて揚げたカリフラワーや野菜をコーンスターチでとろみを付け、餡かけにしたものだ。衣をつけたカリフラワーは肉のような食感がある。インド料理ではいったん揚げたものをカレーなどのソースに入れることはまずないそうで、インド中華特有の調理法なのだという。
「マンチュリアンというのはもちろん『満洲風』という意味です。これは1950年代にコルカタ在住の中華系移民3世のネルソン・ワンがムンバイでひと旗揚げようと中華料理店を開いた際、創作料理に名付けたのが発祥だとされています」(小林さん)
なぜこんな名称になったのか。小林さんによれば「満洲=中国東北地方なのですが、地名を借用しただけで、味や食材も含め、この地方の料理との関連はありません。インドでは、素材名の前後に海外のメジャーな地名を付けて、本場感を出そうとそれらしいメニュー名でアピールすることがよくある」のだそうだ。
インド中華の多様性
私たちが訪ねた西大島の「マハラニ」はインドの西ベンガル州出身のサディック・カジさんがオーナーシェフを務める。1979年生まれの彼は2001年10月に来日し、最初は福島県のインド料理店で調理人をしていたという。彼はインドのホテルで働いていたとき、インド中華もつくっていた。カジさんによると、インド中華の調理の特徴は、鉄鍋を使って肉や野菜、麺などを炒めることだという。彼の生まれた西ベンガル州では米をよく食べるので、もともと炊き込みご飯のビリヤニはあったが、インド中華ではフライドライスとなる。そして、インドの調味料マサラを使わないことも特徴だという。インド料理とは別物なので、特別な調理師免許も必要だそうで、彼は取得している。