自らを「画家になった」と認めた時
帰国後、長く挑戦しながら完成させられていなかった一枚のポートレートを描きあげた。モデルは、幼い頃からのメンターである彫刻家のロバート・シンドルフだ。その瞬間、自らを「画家になった」と認めることができたのだという。時代のアイコンや身近な人々をモチーフとした肖像画は、「Portrait」シリーズとして井田の代表作となる。これまでさまざまな対象を描いてきたが、その選考基準は、自分に影響を与えた人物かどうかだという。
「エルヴィス・プレスリーを描いたのも、その音楽に触れてなんてかっこいいんだと思ったから。有名か無名は関係なく、自分が大切に思う人、影響を受けた人を描いています。逆にいうと、そういう人にしか執着が生まれないので、描き始めても途中で飽きてしまい次の一筆が入らなくなるんです」
こうして自身の軸を見つけ、周りからも評価を受けるようになっていた井田。2016年4月、26歳のときに東京藝術大学大学院油画へ進学する。
この年の11月には、数年間続けていた“自身の心象風景や身近な人々を出会ったその日に描く”シリーズ作品「End of today」の中の一枚が、現代芸術振興財団(前澤友作設立)主催の若手作家のアワード「CAF賞」で、審査員特別賞を受賞。飛躍のひとつのきっかけになった。
井田のアトリエ
そしてここから、井田の視野は世界へと広がる。2017年、大学院を休学しニューヨークへ旅立つことを決める。それは大切な「ある人」との約束を果たすためだった。
>>第4回 「自分は不良品だ」 画家・井田幸昌がやっと見つけた居場所
◤30U30 AIUMNI INTERVIEW◢
「画家・井田幸昌」
#1 井田幸昌は、なぜ画家になったのか。ひたすら「手」を描いた中学時代
#2 「遺骨」を洗う仕事で気付いた、画家・井田幸昌が生きる意味
#3 画家・井田幸昌が、生涯のテーマ「一期一会」を決めた瞬間
#4 「自分は不良品だ」 画家・井田幸昌がやっと見つけた居場所
#5 井田幸昌が鳥取に凱旋。「変わり続けるもの」と「変わらないもの」とは