麹大国日本 インドを境に分かれる「発酵」の文化
日本の食材や風味をイタリアの技術を絶妙に組み合わせるcenciの料理にさらに磨きがかかったのが、5~6年前から料理に「発酵」を取り入れるようになってから。「発酵の魅力は、その場所でしか出せない『オリジナリティ』が料理に加わること。たとえば同じかぶらでも、いつも塩とヴィネガー、オリーブオイルで味付けするだけと変化がないが、発酵をかけると、味に深みや旨味、面白さが出る」とオーナーシェフの坂本健氏。家庭によって味噌や漬物の味が違うように、気温や空気といった環境によって異なる「その店の味」になるのだ。「日本に昔から伝わる発酵の文化をつないでいきたいし、海外の方も面白いと思えばどんどん取り入れてほしい」と話す。話を聞くと、ちょうどインドを境に西と東で発酵の文化が分かれるというから興味深い。ざっくりだが、パンやワインなど酵母を使った発酵文化が栄えるヨーロッパに対し、東アジアでは、カビ(麹)を使った旨味発酵が盛んなのだ。特に味噌、醤油、日本酒など、日本は麹菌を使った発酵食品がオンパレードのアジア随一の「もやしもん」大国だ。
実は、同じ東アジアであるインドと日本には、発酵文化の類似性も多い。例えば、大豆を発酵させた納豆は、インド北東部ナガランドのセマ族が得意とする発酵スタイル「アクニチャツネ」と似ている。また、今回コラボレーションでも使用した紫蘇の実の塩はインド北東部で食されるが、紫蘇の実自体は日本やブータンや韓国でも使われる食材だ。発酵や保存食といった「おばあちゃんの知恵」が、世界の各地で類似性をもって発展してきた人類の歩みに感嘆せざるを得ない。
未知の食材との出会い インドにはない「旬」味をどう出すか?
イムリ、キャラウェイ、コーカム、シュッタギ……。食材だけ書かれたコラボレーションメニューには見慣れぬ食材が並び、どんな未知の味わいに出会えるのか、心躍らされる。「インドの家庭で用いられる保存食や土着の食材を直接体験してほしい」と、noonからは紫蘇の実の塩、野生のキャラウェイ(コスニョット)、ノレンガーのガルム、スコッツェ(野生のニンニク)、麹とマスタードのアミノペースト、麹のタマリンドチャツネなど、自家製発酵食品を多数持参した。またcenciチームにも事前に食材に発酵をかけてもらうなど、準備にも相当な時間をかけたという。二人のコラボレーションは、noonで提供している料理の構成をベースに、cenciチームが旬の日本の食材やcenciの技術を組み合わせる形で考案。
「インドにない“旬”の季節感を出せる日本の食材を提案し、どう美味しくおもしろく食べようかを考えていきました」と坂本氏。