ルーマニアの3000人に友達リクエスト、構築した「ルーマニア・メタバース」
そこで著者がとった行動は驚くに値する。フェイスブックを使い、ルーマニアの3000人に友達リクエストを送って自分なりの「ルーマニア・メタバース」を構築したのだ。いや、大丈夫だ、字面から受けるほど難しいことじゃあない。段階を踏んでコツコツやっていけば簡単にできることだ。
著者はそう謙遜してみせるが、それが並大抵の行いではないことは、誰にだって理解できるだろう。日本人に比べてルーマニアの人々は見知らぬ人のリクエストを受理する傾向があるようだが、そうだとしても凄まじく地道で、情熱を要する行動である。
著者はルーマニア語習得の過程を以下のように振り返っている。
強制的にルーマニア語を読み喋る必要がある状況を自ら作りだすことで、俺はルーマニア語を学んでいった。実際にルーマニアに行かずともこういう環境は作れるのだ。ここはいわば俺にとってのルーマニア・メタバースだったんだ。
勇猛果敢な挑戦はこれだけに留まらない。ルーマニアの情報を収集していた著者はとある小説を発見する。日本在住歴があり、日本の私小説に影響を受けた女性作家の作品だ。
著者は「ルーマニア・メタバース」を通じてメッセージを送り、来日した彼女と面会を果たす。彼女は、ルーマニア語の小説を書き始めていた著者の作品を読むだけでなく、なんと現地の文芸誌に送ってくれた!
燃え続けるオタク心が誘った「遠い場所」
そして著者は晴れて、ルーマニア語を操る初の日本人作家としてデビューした。全ては著者の圧倒的な行動力と、燃え続けたオタク心の為せる技だ。本書に書かれている小説のような展開が、著者自身の群を抜いた情熱に裏打ちされているのは間違いないだろう。しかし一方で、本書は私たちに重要な示唆を与えてくれる。つまり現代社会では、たとえ自室に引きこもっているとしても、様々なウェブサイトを駆使して壮大な夢を叶えることができるのだ。
筆者を含めて多くの人々に、心の内に秘めたまま諦めてしまった目標があるはずだ。しかしどのような目標であれ、言語(それも極めてマイナーな言語)を独学し、一度たりと立ったことのない土地で小説家としてデビューすることに比べればそれほど困難ではないだろう。
更に言えば、著者は決してとんとん拍子で小説家デビューを果たしたわけではない。語学学習にせよ「ルーマニア・メタバース」の構築にせよ、非常に泥臭い積み重ねの成果である。到底叶いそうもない夢への到達は、著者の粘り勝ちと言っても過言ではない。
本書は日本語による初の著作であり、著者はルーマニアでの小説出版を目指しているようだ。いずれ、逆輸入された作品が私たちの元へ届くかもしれない。
また、著者による「日本語」の作品は、クローン病の闘病記とともにnoteで読むことが可能だ。作品数は膨大であり、ここでも著者の努力が伺える。興味を持った方は是非、一読してみてはいかがだろうか。