著者であるジャン=マリ・ブイズはパリ政治学院日本代表であり、様々な大学で教鞭を執る歴史家である。本書は20年以上の日本在住歴を持つ著者の経験を活かした、ユーモアたっぷりのエッセイに仕上がっている。基本的にはフランス人へ向けた日本の案内といった体裁になっているが、日本人にとって参考になる部分も多く含まれている。
「理不尽」の意味
内容の紹介へ入る前に、タイトルについて補足しておかなければならないだろう。『理不尽な国』という表現には少なからず批判的な意味が込められているが、しかし批判一辺倒というわけではない。むしろ日本を肯定する意味すらも含まれており、それこそが本書全体を取り巻く最も大きなテーマとなっているのだ。もう少し詳しく説明したい。ここで言う「理不尽」とはあくまで欧米的な、もう少し狭義に言えばフランス的な観点に基づいた「理不尽」に過ぎない。「理不尽」という単語は「フランスの価値観にそぐわない」と言い換えることもできるだろう。
グローバリゼーションが標準となった現代では何かにつけ、欧米的な社会に追随することを迫られるし、それが唯一の選択肢であるかのように思わされる機会も多いのだが、かといって欧米社会も完璧であるわけではないし、中には日本より遙かに深刻で「理不尽」な問題も少なくないように思える。
曖昧な極東の島国が「いい」理由
それを証明するかのように、本書の序文は以下のような一文から始まる。すでに四半世紀にもなる長い不況から抜け出せないでいるにもかかわらず、日本は世界第三位の経済大国のままである。
当然、経済指標が全てというわけではないのだが、アメリカ、中国に次ぐ世界第三位の経済大国という立ち位置は、価値観以前の事実だ。また著者は、治安の良さや交通機関の利便性が多くの国から抜きん出ている点も見逃さない。これらは全てフランスよりも優れている日本の美点だ。挑発的なタイトルに反して、著者が日本に好意を抱いていることは、「「日本の方がいい!」──二四時間ですべてがわかる」という第1章の章題と内容からして明らかである。
様々な場面で(フランス的な)合理性を欠き、曖昧で、欺瞞が目につく極東の島国は、しかしその実上手く立ち回っているようである。であればフランスには日本から学ぶべき要素があるのではないだろうか──それが、本書の出発点である。
取り扱われるテーマは膨大だ。死刑制度や難民といった議論の尽きない問題からNHKの受信料やスポーツなど私たちの生活に身近な問題、果ては全国各地の奇祭やアイドルのスキャンダルに至るまで多岐にわたる。少なくとも、私たちにとって物珍しい話題は殆どないだろう。しかしそういった日本の日常風景が著者にとっては珍奇かつ理不尽であるらしい。この価値観の違いを、具体的な例示とともに知るだけでも本書を手に取る価値がある。