還暦を過ぎて新たなる挑戦を
さて、息子ふたりの独立とスタイリッシュな店舗に刺激を受けたのか、なんと村上さんご自身も2022年12月に店を改装した。一般的には引退してもよい年齢であるのに、「これであと10年は握り続けられる」と張り切っている。「祇園さゝ木」も現在、大規模改装中だ。「新たな挑戦と新たな店づくりをするためには休まなあかん」ということで、半年間休業する。佐々木さんは一昨年、還暦を迎えた。料理人が歳をとってから店を改装するのは、経済的、時間的にかなり覚悟の要ることだろう。ふたりの勇気に拍手を送りたい。僕は時間のできた佐々木さんを、今度は宮崎に連れていった。「iwanaga食堂」へ案内しようと若草通商店街をふたりで歩いていると、スーパーカブに小さな台車をつけた青年が道ゆく人にコーヒーを提供している。「イベントか何か?」と尋ねると、青年は「ストリートコーヒーです」と答えた。
「ストリートミュージシャンがいるように、僕も自分の淹いれたコーヒーをただ飲んでほしくて」。
屋台は保健所の許可が要るが、無料で提供するなら必要ないそうだ。いただいたコーヒーを飲みながら台車に置いてある缶を覗くと、結構な小銭が入っていた。いずれは店をもちたいと夢を語る彼を見て、佐々木さんが「これは原点だね」と言う。「自分がつくりたいもの、美味しいと思うものをつくって出すという意味で」。そして「俺の場合は出汁かな」と続けた。
僕は50歳のときに「人生のハーフタイム」と称して1カ月の休暇をとり、熊野古道を歩いた。そのとき、「歩くという字は、“少”し“止”まると書く。歩き続けるために、ときには休むことが必要なんだ」と思った。ずっと働き詰めだった佐々木さんがこの旅で何か得られたのなら、僕も嬉うれしい。
今月の一皿
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小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。