著者が日本人に教えたくなかった 「全体最適化の考え」[CEO’S BOOK SHELF]




向 浩一 コムチュア 代表取締役会長CEO

日本人には教えたくない―本書は、そんな著者の意向で、発売から17年間も日本語に翻訳されなかったビジネス書です。著者は、なぜ、そして何を教えたくなかったのでしょうか。

本書が米国で発売された1980年代、日本企業はモノづくりの力を武器に、様々な製品を世界に送り出していました。ソニーのウォークマンが大ヒットしたのも、最高峰の自動車レースF1でホンダが続々勝利をあげていたのもこの頃です。
需要を奪われた米国企業は、日本企業の躍進を、ただ指をくわえて見ていたわけではありません。競争力を取り戻すべく、多角化していた事業の集中と選択を図り、生産を海外にシフトさせるなど、収益力向上のために、積極的な構造改革を進めていました。
イスラエルのコンサルタントで物理学者だった著者も、工場経営者から相談を受け、日本人には足りないとされた「全体最適化」の手法、TOC(制約条件の理論)の考え方で工場を立て直しました。その手法をまとめた本書を参考に、多くの工場も成果を上げたといいます。

TOCとは、企業や工場全体をひとつのシステムと見なし、企業の究極のゴールである「お金を儲け続ける」という目的に向かってあらゆる問題を改善していく考え方です。
例えば、主人公が工場長を務める生産現場は、製品製造の遅れを引き起こしていた要因(ボトルネック)を集中して解消し、工場全体を活性化。在庫管理や経理システムなどもあわせて改善し、利益を上げられる工場へと生まれ変わりました。最小限の努力で、最大の効果を上げることを可能にしたのです。

高い技術力を持つ「部分最適」に優れた日本企業にこの「全体最適化」の考えが根付くことを、著者が恐れたことも理解できます。
私が会長を務めるコムチュアは、企業向けソフトウェアシステムの構築を行っています。そのソフトウェアも、工場の生産現場と同じように分割して作られ、最後に結合して完成します。
各部分が素晴らしい出来であっても、結合した後にうまく機能しなければ、優れたソフトウェアではないのです。

本書が日本で発売された2001年。すぐさま手に取り、主人公の工場で起きた一つひとつの事柄を自分の会社に置き換えながら読み進めました。
IT業界は、進化のスピードが速い業界です。その流れの中で、時代の変化を先取りしながら、ITバブル崩壊や世界同時不況を乗り越え、会社が成長し続けることができたのは、優れた社員一人ひとりの力と全体最適化の考えが欠かせなかったと実感しています。

読書に必要なのは想像力です。ご自身のビジネスにどう生かすのかをイメージしながらお読みください。

TheGoal 企業の究極の目的とは何か
エリヤフ・ゴールドラット(著)、三本木 亮(訳)

Ⅰ 突然の閉鎖通告
Ⅱ 恩師との邂逅
Ⅲ 亀裂
Ⅳ ハイキング
Ⅴ ハービーを探せ
Ⅵ つかの間の祝杯
Ⅶ 報告書
Ⅷ 新たな尺度

◎エリヤフ・ゴールドラット
イスラエルの物理学者。1948年生まれ。TOC(制約条件の理論)の提唱者として知られている。
工場経営をしていた知人から生産スケジューリングの相談を受けた際、物理学の研究で培った発想や知識を駆使して解決方法を導き出し、画期的なスケジューリング法とそのスケジューリングソフト「OPT」を開発。
OPTの基本原理をわかりやすく解説した小説『ザ・ゴール』を84年に出版。大ベストセラーになった。
『ザ・ゴール2』『チェンジ・ザ・ルール!』など著書多数。

フォーブス・ジャパン編集部=文

この記事は 「Forbes JAPAN No.12 2015年7月号(2015/05/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事