経営の神様である松下幸之助氏が残した数多くの著作のなかでも、商売・経営・社員・人生に関するそれぞれの考えをまとめた「心得帖」シリーズは、超ロングセラーとなった人気作品です。
そのシリーズ第1弾である「商売心得帖」は、朝に発意、昼に実行、夕べに反省の繰り返しであると、著者の親しみやすくわかりやすい語り口で、商売の基本と本質がつづられています。
私が最初に本書を読んだのは、小学校高学年か中学生になったばかりだったでしょうか。家業を継いだ父が読んでいた、まだ文庫化される前の和紙がひもでとじられたなんとも味わい深い一冊で、手にするたびに家業が肌で感じられ、商売人だった父の考え方に少しずつ近づけているような気がしていました。住まいと店が同居しているような環境で育ってきたことで、そこはかとなく3代目となることを意識していたのでしょう。
結局、家業とは違う道を選びましたが、振り返れば、成長のための投資は決してケチってはいけないということや、事業を通じて社会に貢献するために企業は日々の適正な利益を積み重ねていく責任があることなど、著者の教えを反すうしながら仕事と向き合ってきたような気がしています。本書が自然と私の土台となってくれていたのでしょう。
実は、社長に就任した直後にも本書を読み返しました。
自分の店舗は街の一部を成すものであり、街に適した店舗が並ぶといきいきとした活気に満ちてくる。街の品位を高めるという一段高い見地からも、自分の店舗をきれいにしいてくことが大事であり、それが商売の繁栄にも結び付く──。
街づくりを考えるステージに上がったばかりの私に、「街づくりは自社だけでできるものではなく、刺激を受けてくれる人たちとともにつくっていくからこそ、街全体が変わっていくのだ」という、新たな気づきを与えてくれました。
21年8月、平和不動産が本社を置く日本橋兜町に、新たなランドマークビル「KABUTO ONE」が誕生しました。金融の街、兜町はこのKABUTO ONEを中心に個性的な店舗が軒を連ね、若い方々が行き交い、新しいアイデアあふれるベンチャー起業家たちがグラスを傾けながら意見を交わす姿が見られる、伝統と新しい文化が共存する街へと大きく変化しています。
商売も時代とともに変化していくものです。しかし、その根幹にあるのは「人」であり、人と人とがかかわることで商売が成り立つというその本質が変わることはありません。読むたびに響く箇所が違う、自分の現状を映し出してくれる鏡のような本書を、私はこれからも幾度となく読むのでしょう。
title/商売心得帖
author/松下幸之助
data/PHP研究所 1287円/113ページ
つちもと・きよゆき◎1959年、愛知県生まれ。82年に慶應義塾大学を卒業後、東京証券取引所に入所。その後、2017年に平和不動産専務執行役員、19年に代表取締役社長。22年より現職。「日本橋兜町・茅場町」の再活性化を掲げ、新しい価値の街づくりをけん引する。