ファンダムでの/からの流通を促進
切り抜き動画はタイパの良いコンテンツフォーマットであることにとどまらず、いままで触れてきたように、ファンやフォロワーによる推し活の実践という一面が含まれる。ファンたちが形成するコミュニティをファンダムと呼ぶが、それに則るならば、「ファンダムでの/ファンダムからの流通」こそが切り抜き動画の性質をあらわすポイントに他ならない。「ファンダムでの流通」がファンによる結束を高め、「ファンダムからの流通」が新規ファン獲得に結び付くというわけだ。
ファンが切り抜き動画で二次拡散、三次拡散してくれるかどうかが、令和の時代の新規ファン獲得のためには欠かせない。そして、ユーザーが発信してくれるかどうかが、企業・ブランド・インフルエンサーの発信だけでは届かない場所にまで到達させるうえで重要な意味を持つ。
すでに私たちの情報環境は動画メインの時代に移行したといえるが、そのことによって、バズのありかたも切り抜き動画主導になったという変化を捉えなければならない。
生成AIによるファンマーケ
最後のトピックスとして、筆者がいま注目している「生成AI」のテーマとの接続性について考えよう。生成AIについてはすでに多様な議論や解説が世の中に出回っている。そこで本記事では、それがアーティストとファンの関係性にどんな影響を及ぼすのかに注目したいと思う。最近話題を集めたのが、特定人物の音声生成AIを活用した、著名アーティストによる「架空カラオケ」だ。特に筆者が感嘆したのが、現代最高峰のラッパーの一人、Drake(ドレイク)が、デビュー直後にグローバルで人気を獲得した新星K-POPアイドルNew Jeansの「OMG」を歌ったもの。この組み合わせ自体が、現実的にはほぼ望みえないもので、それが生成AIによるフェイクとはいえ実現されていることに(私を含めた)ファンは喜ぶ。TikTokにサビ部分の切り抜き動画が投稿されるとすぐ話題になり、Twitterなど各種SNSでも拡散された。
しかしながら、深刻なケースにも目を向ける必要がある。DrakeとシンガーソングライターThe Weekendが生成AIで作ったフェイク曲「Heart On My Sleeve」が、ストリーミングサービス上で人気を博してしまったのだ。実は2人は楽曲に携わっておらず、匿名の人物が生み出したものだという。これはさすがにお遊びの範疇を超えており、レーベルが著作権侵害を訴えたため、即座に削除されている。
こうした事態を受けてDrakeなど複数のアーティストは、自らの声を使った生成AIの音源に対して「使わないでくれ」と明確に意見表明している。もっともな話である。
その一方で、アーティストGrimesのように「自分の声を使ってもいいけどロイヤリティーの半分はもらう」とポジティブに活用する立場を明らかにするアーティストもいる。Grimesのルールに縛られない個性の塊のようなキャラクターが、こうした立場と相性が良いともいえる。なお、余談ながらGrimesはイーロン・マスクとの間に子供を授かり出産したことが広く名を知られるきっかけのひとつになった。
今後もこうした対立はどんどん表面化していくだろう。そして、大前提として、元々の知名度やアーティストの姿勢などに依存するため、この問題に対して普遍的な解の方針を示すことはできない。
しかし、そのうえで、本論で述べてきたように「ファンダムでの/からの流通」こそが大切であるという立場を踏まえるならば、生成AI×切り抜き動画は新規ファンを獲得するうえで重要な役割を果たすはずだ。長期的には、「ファンダムからの流通」を肯定するオープンな立場が利するようになっていくと考えられる。それは、ウェブの世界の歴史がそのように辿られてきたからに他ならない。
連載 : SNSマーケティングを社会学的に考える
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