「タフでなければ生きられない、優しくなければ生きている資格がない」という彼の有名なセリフは、さまざまな場所で引用され、いまや日々を生きる警句としても人々の心に刻まれている。
フィリップ・マーロウを主人公として執筆されたチャンドラーの長編小説は、「さらば愛しき女よ」(1940年)や「長いお別れ(ロング・グッドバイ)」など全部で7編あり、その多くが映画化もされている。
「探偵マーロウ」は、その世界で最も有名な私立探偵を主人公とした最新の映画作品だ。とは言っても、原作はチャンドラーの小説ではない。イギリスのブッカー賞作家、ジョン・バンヴィルが「ベンジャミン・ブラック」の名義で発表したミステリ小説「黒い瞳のブロンド」(2014年)の映画化だ。
(c)2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films
「黒い瞳のブロンド」という小説は、フィリップ・マーロウが最後に活躍する「長いお別れ」の後日談として執筆されている。重要な場面で「長いお別れ」でキーパーソンともなったテリー・レノックスも登場し、公認の続編ともなっている。
但し、残念なことに映画化された「探偵マーロウ」では、テリー・レノックスなどは登場せず、「長いお別れ」の続編という要素は、注意深く排除されている。監督のニール・ジョーダンが、作品としての独立性を狙ったためかもしれない。
しかも、時代背景も1939年と、ナチスドイツが台頭する第二次世界大戦前夜に変更されており、物語にさらなる奥行きを与えている。その意味で言えば、新たなフィリップ・マーロウ像を創造しようとしているかのようにも思える。
深い闇へと足を踏み入れる
1939年、カリフォルニア州ベイ・シティ、私立探偵フィリップ・マーロウ(リーアム・ニーソン)の事務所を、いかにもセレブリティな女性が訪れる。彼女の名前はクレア・キャヴェンディッシュ(ダイアン・クルーガー)、失踪した愛人ニコ・ピーターソン(フランソワ・アルノー)の捜索依頼のためだった。「人を探してほしい、私の愛人だったのに突然消えたの」
「”消えた”と、あなたの前から? この世から?」
「わからないから依頼を」
「ミセス・キャヴェンディッシュ、ニコが消えたとき、ご主人はどこに?」
「”ミセス”は付けずに”キャヴェンディッシュ”と」
こうした意味深なやりとりをしながらクレアの依頼を引き受けたマーロウは、情報収集のため旧知の警官がいる警察署に向かう。そこで聞かされたのは、ニコ・ピーターソンという人物は、すでに交通事故で死亡しているという事実だった。
ダイアン・クルーガーが演じるクレア・キャヴェンディッシュ。事件の鍵を握る女性(c)2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films