ビジネス

2015.08.06

ヘルスケア業界の未来

Captured Nuance / Bigstock


医療費抑制、新しいIT健康管理法で変わる ヘルスケア業界の未来


日本が直面している課題の一つに増え続ける社会保障費がある。歴史上類を見ない高齢化社会に突入した日本において、増加する医療費の抑制は、ヘルスケア産業に携わる者にとって避けがたい動きであろう。

 その一方でヘルスケア業界には新たなイノベーションが出現している。
その中でも特に注目すべきは、ウェアラブルデバイスやモバイル技術を活用した新たな健康管理手法である。
また、ITの普及が、患者が自分の健康に関する情報を手に入れることを飛躍的に容易にした面も見逃せない。さまざまな専門情報へのアクセスやSNSを通じたコミュニケーションの増加は、医療の主導権が医師から患者へとシフトさせるトレンドにもなっている。

 今回のシナリオでは、医療費の抑制のために、予防医療が進展することをベースケースとして予想した。予防医療は、製薬・治療医療よりも参入障壁が低いため、コンビニ、スーパー、携帯電話会社など、消費者との接点を持つ企業が、続々と参入することになり、消費者の健康管理のツールを提供することとなるだろう。また、消費者の健康情報を押さえたこれらの事業者は、さらに製薬会社などと手を組んで、治療医療分野へ参入することも考えられる。したがって、もしあなたの企業が何らかの消費者接点を持っているならば、ヘルスケア関連の新規事業には明るい未来が存在しているといえる。
また、医療の未来を変えていく因子の一つとして、医療技術が発達する可能性もありうる。この場合、再生医療や遺伝子治療などの新しい医療の担い手は、技術ベンチャー企業となるであろう。しかし、製薬会社と新規参入企業の蜜月は、必ずしも約束されたものではない。特に、欧米を中心に普及が進んでいる「医療技術評価」の導入につれ、日本において新しい医療技術を軸としたベンチャー企業は、日に日に強まる政府の規制と戦いを強いられる可能性が高い。そのため、このシナリオでは、多くの新規参入企業が製薬会社に吸収され、その結果製薬会社の巨大化が進展することを予想している。そうした場合、医療分野への参入は、製薬会社とどのようなビジネスができるのか、という検討と同義になるだろう。

 さらに、明るい未来とはいえないシナリオも存在している。予防医療もしくは治療医療においてイノベーションが起きなかった場合、我が国の医療制度そのものが危機に陥る可能性も十分にある。その場合、国民皆保険制度が何らかの点で崩れ始め、富める者を対象とした医療と、富まざるものを対象とした医療に二極化する未来が訪れるであろう。したがって、新規参入企業としては、まずどちらの市場を対象市場とするかを見極めなければならない。富める者を対象とした場合、医療ツーリズムや海外の高度医療提供者の買収や連携などが考えられるし、その一方で富まざる者を対象とするならば、ジェネリック医薬品の提供などが考えられる。 また、国の制度が崩壊すれば、従来は国のみに提供が許されていた健康保険分野などへの民間企業の参入が認められる可能性もある。
いかがだろうか。ヘルスケアの領域は今まさに変化に直面しているところであり、シナリオによってあなたの企業が新規事業として参入する分野が大きく変わることがおわかりいただけただろうか。


シナリオ 01 ヘルスケアデモクラシー
・患者の健康意識がますます高まり、さまざまな健康管理ツールが普及。患者が自分の体質や遺伝的な特性を踏まえて自分の健康状態をより効果的に管理できるように。
・医療費抑制に動く政府の後押しもあり、予防医療分野の市場規模が急速に拡大。その一方で、これまでヘルスケアの中心であった治療の役割は相対的に低下していく。
・そのため、予防関連市場に新規に参入したプレーヤー(食品、小売りなど)が躍進する一方で、治療関連市場のプレーヤー(製薬、病院など)の利益率は徐々に低下していく。

シナリオ 02 ヘルスケア専制主義
・患者の健康意識の高まりに応え、情報技術や創薬技術を中心に急激なイノベーションが進展。その結果、従来は考えられなかったさまざまな革新的な治療法が出現。
・その一方で、医療費抑制に動く政府は新技術の承認を厳格化。その結果、多くのヘルスケア関連のベンチャー企業は苦境に立たされることに。
・苦境に立つヘルスケア関連のベンチャー企業を積極的に買収できる数社のプレーヤーが巨大化。準大手製薬会社も買収することで、ヘルスケアコングロマリットとしてヘルスケア業界の主導的な役割を担うように。

シナリオ 03 ヘルスケア崩壊
・政府の医療費抑制政策により日本のヘルスケア産業は停滞。製薬会社や病院の経営が圧迫される一方で、国内では革新的な治療方法なども出現しない。
・財政破綻が迫るにつれ、これまでのヘルスケアの枠組みが徐々に崩壊。適切な治療が受けられない患者の数が急増する一方、多くの製薬会社・病院も破綻の憂き目に。
・その結果、富裕層は海外からの薬の並行輸入や海外での治療に頼るように。アジア諸国における日本向けのヘルスケア産業や日本国内のジェネリック企業が活況を呈するように。

フォーブス・ジャパン編集部=文

この記事は 「Forbes JAPAN No.10 2015年5月号(2015/03/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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