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2023.06.14 08:30

医療界のアメリカン・ドリーム。パルスオキシメータ大手の野心

Forbes JAPAN編集部
実は当時、米国の病院市場に割って入るのは不可能に近かった。複数の病院をとりまとめる共同購買組織(GPO)が存在し、マシモが競合する企業と巨額の独占的契約を締結していたからだ。しかし2002年、ニューヨーク・タイムズによる業界の内情を告発する報道で状況は変わる。キアニは米上院司法委員会の反トラスト小委員会に召喚され、証言した。

「当社の最大の競合で市場の90%以上を牛耳る企業はGPOに報酬を渡してマシモを締め出すことが実際にできるのです。これは絶対に間違っています」

それからまもなく、GPOからマシモに契約締結がもちかけられるようになった。

キアニは、はるかに巨大な競合が相手でもひるまない。1999年には、最大の競合であるネルコーを特許権侵害で訴え、10年後にはフィリップスを相手取って同様の訴えを起こし、勝利した。20年には、特許権侵害と企業秘密窃取の両方でアップルも訴えており、23年には裁判が始まる予定だ。

マシモは22年2月15日、オーディオ、スピーカー、ヘッドホン大手のサウンド・ユナイテッドを10億ドル超で買収すると発表した。株主からは不評を買ったが、キアニは今後、医療機器と家電の合併が進むとみており、補聴器やワイヤレスイヤホンへの展開も計画している。イヤホンを使って音楽を聴くだけでなく、脈拍や酸素飽和度などのバイタルサインも測れるようになれば、消費者に歓迎されるはずだとキアニは見込んでいる。

パンデミックの初期、マシモがスマホアプリと連携させたリストバンド型のパルスオキシメータを発表すると、数百もの病院がコロナ患者に配り、自宅でも継続的に酸素飽和度を測定できるようにした。22年8月、マシモは同社初のスマートウォッチとして酸素飽和度、脈拍、心拍、水分量などを測定できる499ドルのアドバンスト・ヘルス・トラッキングを発表。現在、サウジアラビアのグループ病院が予備実験を行っているところだ。

「実験がうまく行けば、利用する患者の数は数百人から8万人に増えます」(キアニ)

だが、知名度のない医療機器メーカーが、スマートウォッチなどに参入して、アップルやガーミンに太刀打ちできるのだろうか。あるいは、高精度のデータを必要とするアスリート相手なら、ニッチなニーズがあるかもしれない。

「小売りの世界では少しでもすぐれた技術、本気で取り組んだ企業が勝つものです。そして、私は本気で取り組んでいます」(キアニ)

確かにそうだろう。だが、アップルやガーミンだってもちろん本気だ。


マシモ◎1989年、ジョー・キアニが設立した医療機器メーカー。米カリフォルニア州アーバインに本拠を置く。2007年にIPOを実施。22年8月には酸素飽和度、脈拍、心拍、水分量などを測定できる同社初のスマートウォッチを発表。同年2月にはオーディオメーカーのサウンド・ユナイテッドの買収を発表し、事業の拡大を計画している。

ジョー・キアニ◎マシモのCEO兼会長。1974年、9歳のとき父親の留学を機に一家でイランから渡米した。15歳で飛び級を認められ、サンディエゴ大学に入学。生活費を稼ぎながら苦学して電気工学を学び、87年には修士号を取得。半導体メーカーのアンセム・エレクトロニクスで働きながらパルスオキシメータの開発に取り組んだ。

文=ケリー・A・ドーラン 写真=イーサン・パインズ 編集=森 裕子

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