その声を頼りとして、先導役の先生やOBは船を操り、生徒たちは泳いだ。まさしく「至大荘」の目的である“九段生としての意義深い思い出”が刻まれた瞬間だ。
さらに海を泳いでいるとビニール袋が身体にまとわりつくことがある。
これらが海ごみか──。
どこまでも泳いでいけそうな大きな海の中で、ごみがまとわりついてくる違和感を覚えることも、貴重な体験なのだ。
学校、OB、地域が伝統行事を守る
舞台が海であることから、父兄からは不安の声も聞こえてくるという。2011年の東日本大震災発生直後に、その声は多く聞こえた。震災時に九段に在職していた現・都立駒場高校の小林利浩先生によれば、なかでも放射能による影響を心配した父兄がいたという。そこで学校側は保護者会などを通して学校の姿勢を示しつつ理解を促し、同年こそ中止したものの翌12年に再開を決断。理由について小林先生は、「伝統だから、毎年やっているから、といったものではなく、挑戦する心と達成感を得る“教育的な意義”があるためと考えたからでした」と振り返った。
さて、九段では貴重な学びの機会と捉える“海の学校”だが、実は同様の機会を設ける都立高校はわずか5校。ある学年の生徒全員を対象としているのが、九段、新宿、立川であり、保健体育科の生徒に対して行っているのが駒場。希望者を対象としているのが日比谷だ。
千代田区に中学校は九段のほかに2校あるが、いずれも臨海学校はなくなった。千代田区教育委員会に聞くと、施設を所有し続けられなくなった財政事情を理由のひとつとした。
「至大荘」が継続できている大きな理由は、海に拠点「至大荘」があるからなのだ。同施設を運営管理するのは公益社団法人九段であり、公立学校とは異なる組織の同法人は、前身となる第一東京市立中学校の「母の会」および「父兄会」をルーツとする。設立目的は生徒たちの貴重な体験学習を継続することだ。
そして先生やOBは冬も含めてビーチクリーンに参加するなど、地域社会との関係性を深めることにも尽力してきた。「今年も九段が来た」といった歓待ムードの中で遠泳に挑めるのは、日頃から地元の人たちとの触れ合いを大切にしてきたからなのである。
こうして学校、OB、守谷の地域社会が三位一体となることで、未来を担う子供たちの貴重な時間は守られている。コロナ禍でこの3年は中止となったが、今夏に復活。真夏の海に、逞しく日焼けをした九段生たちが戻ってくる。
(この記事はOCEANSより転載しています)