デロイト トーマツ グループは、日本の持続的な成長という巨大な課題を前に、かねてよりGX/CEが一体化した推進に向けて、ビジネス・政治・アカデミアの各界が膝を突き合わせて語り合い、連携していくことの重要性を強調してきた。
そうした中、同グループは2023年4月24日には、国際経済社会において最も注目されるアジェンダのひとつである「グリーントランジション戦略」を中心テーマに据えた産官学連携セミナー「日本の持続的な成長に向けたグリーントランジション戦略~『価値循環』によるGXとCEの一体的な推進を目指して~」(以下、本セミナー)を開催。「産官学が縦横無尽につながり合うエコシステムのなかで、カーボンニュートラルという共通のゴール達成を目指していく必要がある」というCEO・木村研一の言葉で本セミナーは幕を開けた。
国や経済界もGXとCEの一体化に注目
セミナーの冒頭では、経済産業省大臣官房審議官・木原晋一および一般社団法人日本経済団体連合会(以下、経団連)環境エネルギー本部長・長谷川雅巳による基調講演が行われた。木原はGXおよびサーキュラーエコノミー市場に対する国・政府の取り組みについて、長谷川はGX/CEおよび生物多様性を保全するためのネイチャーポジティブ(NP)の3分野に係る経団連の一体的な取り組みについて、それぞれ現状と今後の課題を説明した。
周知の通り、日本政府は2020年に、「2050年までにカーボンニュートラルを実現する」という目標を提示した。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスに焦点を当てた言葉で、二酸化炭素の排出量が実質ゼロになるという状態を指す。一方で、GX(グリーントランスフォーメーション)とは、カーボンニュートラルを実現するために、経済・社会システムや産業構造の変革を目指す考え方で、2022年頃から主に日本で用いられてきた。GXにおいて鍵となるのは、いかにして経済活動や産業競争力を維持・向上させながらカーボンニュートラルを実現するかということだ。
今回の両者の講演においても、「カーボンニュートラルと経済成長はトレードオフではなく、同時に達成すべきものである」という視点が強調されていた。
加えて、2030年に80兆円規模まで成長が見込まれるサーキュラーエコノミー関連市場が、今後の日本経済の成長にいかに影響を与える可能性があるか、国、経済界、それぞれの視点から語られた。
日本の強みを活かした資源循環と経済成長に向けて
では、具体的にどのようなアクション、マインドセットが必要となっていくのか。
本セミナーでは、産官学のトップスピーカーたちが一堂に会し、ふたつのパネルセッションが催された。ひとつめの「CEを組み込む市場メカニズム、地域循環の構築」と題されたセッションには、ヴェオリア・ジャパン代表取締役会長・野田由美子、経済産業省産業技術環境局 資源循環経済課課長・田中将吾、九州大学大学院工学研究院教授・馬奈木俊介、デロイト トーマツ グループ執行役・松江英夫、デロイト トーマツ グループボード議長・永山晴子が参加。「CEを推進するための日本流のポイント」について意見が飛び交った。
そのなかで、サーキュラーエコノミーを進める意義や、EUと日本の政策動向、資源循環市場やCE実現のための自治体連携モデルの創出の可能性について解説した田中は、「日本企業の現場力の高さ」に着目すべきだと指摘している。
「現場に眠っているアイデアや知見を積み上げれば、社会全体を大きく改善する道に繋がる可能性があります。今必要とされているのは、上流/下流の人たちが最善な価値を突き詰めるために活発に議論できる環境をつくること。そこで生まれたCEモデルの成功事例を横展開し、標準化しながら海外マーケットを取りに行く能動的なアクションに繋げられれば、日本ならではの成長戦略を描けるはずです」(田中)
対して野田は、欧州ではCEが資源循環にとどまらず、雇用創出や新しいライフスタイルといった人々のウェルビーイング向上の施策と捉えられ始めていることを指摘した。一方で、日本の3R(Reduce、Reuse、Recycle)の実績と高い技術力を活かした取組みの可能性に着目する。
「日本には20年以上も3Rの歴史と蓄積があり、素晴らしい技術と経験を保有しています。国民が丁寧にゴミを分別する習慣など世界から見たら驚異的です。この蓄積をどう生かすかが非常に重要になるでしょう。一方で日本の3Rのやり方やまじめな国民性は、世界では特殊であることも忘れてはなりません。日本で成功したからといって、世界に通用するという先入観は取り除くべきです。日本の特殊性を踏まえたうえで、技術力をさらに高め、世界に通用するノウハウとして提供し、国際規格化につなげてゆくことを考えるべきでしょう。また、サーキュラーエコノミーの取組を人々のウェルビーングの向上という観点からも捉えることが大切だと思います」(野田)
さらにCEの価値可視化や、CE実現のための新たな経済理論および計算機科学の最先端、また「自然資本」の活用や、環境を取り入れたビジネスに関する各国の動きを解説した馬奈木は、「スモールスタートの重要性」を加える。
国連などの業務に従事し世界各国の実情をよく知る馬奈木は、「日本は産学官の距離が近く連携も多様な国」だという。一方で、利益の証明やリスクヘッジを優先するあまり、小さな一歩を踏み出しくい風潮も同時に見て取れると話す。
「特定の自治体と企業が何か新しい試みを始めることは、本来、産官学の距離が近い日本社会においてはやりやすいこと。ただやらない理由を考える人も多いため、長所を活かしきれていません。まずはスモールスタートを許容するカルチャーを広げていくことが、CE推進には必須。また日本は化学・材料工学に強いため、センサー技術などをCEの計測に活用するという強みも発揮できるはずでしょう」(馬奈木)
日本が成すべきGXとCEの一体的な推進による成長
ふたつめのパネルセッション「GXとCEの一体的な推進による成長の実現」には、旭化成取締役会長・小堀秀毅、花王取締役会長・澤田道隆、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授・白坂成功が参加。デロイト トーマツ・松江と永山も引き続き登壇した。
本セッションに掲げられたテーマに向けて、まず小堀が強調したのは、GX/CE推進のための国のリーダーシップの重要性だ。
「2050年カーボンニュートラル宣言など、世界的潮流に取り残されまいと日本政府も変化してきています。今後、GX/CE関連の規制や推進法も続々と登場するでしょう。特にCEの実現のためには国民の理解と参画が必須であり、カーボンニュートラルとCEをどう一体化させて推進していくのか、政府が国家としてのビジョンをしっかり描くことが必要です。それは、世界における日本の存在感を際立たせることにもつながります。また、日本は少資源の国であるからこそ、限られた資源を上手く循環させていかなければなりません。同業はもちろん異業種やサプライチェーン全体の連携、また大企業・中小企業が一緒に流れをつくっていくという意識も必要です」(小堀)
一方澤田は、リニアエコノミーからCEへの転換を図るために、GXとCEの一体化、産業・価値のあり方変革がカギになるという。同時に、日本社会における、GX/CEに対する危機意識の低さについても警鐘を鳴らす。そして危機意識のレベルの低さが、「自分事化ができない」「発想の転換の必要性を感じない」「スピード感の欠如」という3つの停滞につながるだろうと指摘している。
「これまでの延長線上にある思考では、経済をCEには転換できません。どこかで不連続的に飛ぶことが必要です。日本は非常に綺麗な国。技術もある。生かしきれていない日本の特殊性を発揮して、先進的な事例を生み出すことに全力で集中すべきです」(澤田)
対して白坂は、GX/CEの一体的な推進による成長の実現には価値循環と人材育成のふたつがポイントになるという。現段階において、カーボンニュートラルやGX/CEに価値を感じない人々と、Z世代など価値を感じる人々が分かれている状況においては、「複数価値の同時実現」を意識することが欠かせない。また教育などを通じてGX/CEに価値を感じる人々を増やしていくこと、小さな改善の回転スピードを上げていくことなどが重要だと、持論を展開している。
「日本はぐるぐる回して改善することが得意です。小さくても良いので、その回転スピードを早めていくことが、さまざまな活動に広がっていくでしょう。日本人自身、改善は得意だがイノベーションは不得手だと勝手に思い込んでしまっています。でも日本から生まれた新しいものは多い。試行錯誤の回転力という日本の武器は、GX/CEの推進にも生かせるはずです」(白坂)
「価値循環」こそがGX/CEの一体化のキーワードに
本セミナーで行われた2つのパネルディスカッションでは、産官学それぞれの視点から、共通の目標に向かって日本の成長を促す、重要な議論が展開された。
松江は「日本は失われた30年を克服する転換点を迎えているのかもしれない」とその所感を振り返り、その転換のひとつのきっかけとして「価値循環」というキーワードがもつインパクトを改めて強調する。
「価値循環」とは、日本がもつヒト・モノ・データ・カネという「4つのリソース」の循環と、人口減少下でも増加する「4つの機会」(「グローバル成長との連動」「リアル空間の活用・再発」「仮想空間の拡大」「時間の蓄積が生み出す資産」)とを掛け合わせ、 新たな需要創出の機会を切りひらく考え方だ(詳細はこちらの対談記事も参照)。GX/CE、カーボンニュートラルという区分やフレームを脱却し、全体として捉えていくことこそ、いまの日本には必要であり、「そのための課題は自分たちの意識のなかに内在している」と松江はいう。
「日本は天然資源だけでなく、人口減少のなかでヒトという資源も希少・枯渇しようとしている。限られた資源のなかで既存の概念を超え、新しい価値を生み出していけるか否かは、我々の意思と行動にかかっています。新しい発想で生み出した価値をつなげて広がりをつくる。そしてその価値の創出と連携を繰り返すことで価値循環が起こり、日本が素晴らしい社会になる道筋を描けるのではないでしょうか」(松江)
危機感を、日本の成長機会へと変えていく。そのために、こうした議論が活発化していくことが、さまざまな機会を創出するきっかけにもなるのではないだろうか。