映画

2023.05.31 20:00

衝撃のラストシーン。父の実相は? 記録と記憶の映画「aftersun/アフターサン」

前述したように、これらのリゾートでの時間は、20年後のソフィの視点から語られている。そこには20年前に撮影されたビデオの映像とソフィー自身の回想が入り混じっている。つまり「記録」と「記憶」が混在しているのだ。

記録は動かしようがない現実だが、記憶はソフィーのなかで変容していく。そのなかで、かつて父親のカラムに対して見えていなかったものが、ソフィにはわかってくる。実は、20年前の楽しい時間のなかでもカラムが見せていた暗い影、ソフィの回想はそれらを確認する作業でもあった。

どこからどこまでがビデオの映像で、どの部分がソフィの回想なのか、構成を見きわめながら再観賞すると、作品はまた違ったものとして映ってくる。そのあたりが一筋縄ではいかない、この作品の手強いところ。「aftersun/アフターサン」という作品が持つ、単なる「ひと夏の出来事」ではない深い内容の部分だ。

(c)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

米アカデミー賞ノミネート作品

監督のシャーロット・ウェルズにとって、この「aftersun/アフターサン」は長編映画デビュー作品となる。

とはいえ、彼女の映画人としてのキャリアは、ニューヨーク大学の大学院に在籍していた頃から始まっている。当時からいくつかの短編映画で賞を受け、インディペンデント映画の新たな才能として注目されていた。

ウェルズ監督は、1987年イギリスのスコットランド生まれ。ロンドン大学の古典学部で学んだ後に、名門オックスフォード大学で文学修士号を取得、その後金融関係の仕事をしながら映画にも携わり、アメリカに渡る。現在はニューヨークを拠点に活動している。

「aftersun/アフターサン」は、昨年のカンヌ国際映画祭で話題を集めたほか、世界各地の映画賞で220ノミネートされ71の受賞を果たしている。今年度のアカデミー賞でも、父親役のポール・メスカルが主演男優賞にノミネートされた。

「私は両親がかなり若いときに生まれた子どもだったので、父はよく兄と間違えられていました。いつも映画で描いたら楽しい関係性になりそうだと思っていました。映画化できそうなアイデアを考えていたときに、古いアルバムを繰って休暇の写真を眺めていたら、物語の種が育ち始めたのです」

作品のきっかけとなった出来事をこのように語るウェルズ監督だが、やがてそれが回想形式でこの物語を語ることにつながっていったという。

「アイデアにじっくり取り組むことは、自分の思春期や両親、特に父との思い出を振り返ることでした。最初はよくあるフィクションとして始まりましたが、脚本を書きながら過去を振り返るというプロセスが回顧的な視点を与え、次第にパーソナルでエモーショナルなものへと変わっていった気がします」

(c)Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
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文=稲垣伸寿

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