孫子と地政学

川村雄介の飛耳長目

日本は大国なのか小国なのか。私見によれば、大国は三つの力をすべて備えている国家である。財力、腕力、影響力だ。現在、これを満たしているのは米国と中国のみである。日本は大国ではない。さりとて小国でもない。冷静に見て準大国だ。

したがって、準大国にふさわしい地政学を検討すべきことになる。英米系地政学では、日本はシーパワー国家群に属する一方で、ハートランド(ユーラシア大陸中心部、端的にはロシアだが中国を入れてもおかしくない)からの圧力に晒されるリムランドの端に位置付けられよう。不断の脅威を大前提に、強力な味方をもつことが基本になる。まずは日米の経済や防衛に関する強い絆が不可欠な重要性をもつ。

ただし、準大国としては極端な偏りは避けなければならない。また、親密な相手であっても信じ切ってよいかどうかを冷徹に見極めるべきだ。

東の「隣国」、米国は最重視すべき友好国だが、この国も国益にかかわると牙をむく。昨今のCFIUS(対米外国投資委員会)の動きには用心する必要がある。米国の国家安全保障上、外国からの投資を監視、管理する政府機関がCFIUSだが、適用除外国もある。米国との間に、安全保障上有効かつ堅固な手続きと協力関係を設けている国々だ。現在、英、加、豪、ニュージーランドの4カ国に限られる。米国と安全保障で組んでいるファイブ・アイズであり、日本は入っていない。現に水面下でCFIUS対応に追われる日本企業は少なくないと聞く。

他方で、西の隣国、中国が容易ならざる相手であることは語り尽くされている。だからこそ、それを心裡深く抱きながら、できる限り友好的に接していくことがキモとなる。

米中を上手に使い分けながら、欧亜の主要国と組み、新興国を折々のカードとしてちらつかせていく。大国をあしらいながら準大国と小国を味方につける。これこそ準大国たる日本の生き方だ。この難易度の高い技を使いこなすことができれば、大国に劣らない力を発揮できる。

孫子曰く「不戦而屈人之兵、善之善者也」──戦わずして敵を屈服させることこそ最善策である。


川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。

文 = 川村雄介

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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