アメリカン・エキスプレス(以下、Amex)はそんなスモールビジネスオーナーたちを、ビジネス・カードを通じてバッキングし続けてきた。
本連載では彼らの夢中にスポットを当て、どんな思いで、どのような壁を乗り越えながらビジネスを進めてきたのか、話を聞いていく。
日本のお菓子の詰め合わせを世界中に届ける——。そんなユニークなサブスクリプション(定期購入)サービス「Tokyo Treat」を手掛けるのが、2015年創業のスタートアップ、ICHIGOだ。サービスローンチ以降、順調に売り上げを伸ばし、2022年7月期には年商40億円を突破。和菓子やコスメ、キャラクター雑貨などの詰め合わせにもサービスを広げ、世界180の国と地域へマーケットを広げている。
ニッチなスモールビジネスにも思える“日本のお菓子”に注目したのはなぜだったのか。「特段、お菓子にこだわっていたわけではなかった」と話すCEOの近本あゆみは、「お菓子を爆買いする外国人観光客の姿を見て、需要があると確信した」という。実際に、訪日外国人旅行者の消費実態調査のデータ(観光庁)を見ると、買い物代の中でも「菓子類」の購入率は突出して多い。70~80%の旅行者がお菓子を買っているという数値や、新商品展開が早い日本のマーケット特性を見て、日本の旬のお菓子を届ける“越境EC”はビジネスになると感じたという。
「当時アメリカでは、さまざまな商品を箱詰めして届ける『サブスクボックス』が流行っていました。このビジネスモデルなら会員が積み上がっていき売上が立てやすいですし、日本の文化に触れ続けてもらえる仕組みにも惹かれました」
近本が起業に関心を持ったのは大学時代。友人が立ち上げた学生ベンチャーを手伝ったことが、ゼロからイチを創り出すスタートアップビジネスに夢中になる原体験になった。大学卒業後は、2009年にリクルートに入社し、起業に向けて動き出すための修行期間と位置付けた。美容領域の営業を経て、新規EC事業の企画に携わったことが、いまにつながっているという。
「美容院の担当営業時代、どんなに広告に力を入れても、顧客層は周辺住民からなかなか広がりませんでした。実店舗の限界を感じていたところからEC事業に異動し、商圏が一気に拡大していくことに感動したんです。国や地域の制約を超えていくECのビジネスモデルに、これなら自分もチャレンジできるかもしれないと興味が芽生えました」
リクルートに在籍していた3年間は、インバウンドの勢いが加速していく時期と重なった。オフィスがあった銀座エリアには外国人旅行者があふれ、みんなが買い物を楽しんでいた。その熱量に、海外向けのビジネスにこそチャンスがあると感じたのだという。
「国内市場には限りがありますが、日本が好きな外国人へのサービスを手掛ければ、世界中の何十億もの人がターゲットになる可能性がある。英語は苦手でしたが、それならば得意な人とパートナーを組めばいいと考えました」
リクルートを辞めてからは、フリーランスとして集客コンサルなどで起業資金を稼ぎつつ、ビジネスパートナー探しのためにさまざまな交流会に足を運んだ。そうして出会い、意気投合した共同創業者・デビッドアシキンと2015年に創業。最初はデジタル広告で認知を広げ、ローンチの3か月後には月商100万円を超えるなど、手応えを掴んでいった。
一方でぶつかったのは、既存の菓子業界の新規参入の壁だった。業界慣習として、商品を仕入れるには問屋との取引が必要になるが、リストアップして回った30社の問屋すべてから断られてしまう。
「仕入れ先がなかったので、コンビニや大手ディスカウントストアなどに『このお菓子を1000個仕入れてください』などとお願いして回りました。商品の選定、梱包、配送をすべて手作業で行い、SNSを通じてお客様の反応をリサーチしては次の商品選びに改善を加えていく。その繰り返しで売上をつくっていくと、かつては断られた問屋さんのほうから『取引しませんか』と連絡をいただけるようになったんです。自分たちなりのやり方でも結果を出せば認めてくれる、見ていてくれる人はいるのだと大きな学びになりました」
菓子づくりの真摯な姿勢も、丸ごと海外に届けたい
ICHIGOの成長は、徹底した“顧客目線”によって支えられている。正社員の80%は外国籍メンバーが占め、お菓子の選定はもちろん、ボックスのデザイン、商品説明の冊子の内容などすべてに、外国籍メンバーの意見が必ず反映されている。
「ボックスはビビッドなオレンジ基調で、『すごい』『かわいい』『おいしい』『東京』など、外国人にとって馴染みのある単語をデザインしています。お菓子も、日本人の私の感覚で美味しいと思うものと、海外のお客様から好まれるものは違うことが多い。バイヤーは日本人ですが、選定の際はマーケティング担当の外国人メンバーに意見を聞きます。海外のお客様はどう受け取るか、どう感じるかという視点が社内にあることが、スピーディな意思決定に繋がっていると考えています」
事業を拡大させる中で、日本のお菓子のポテンシャルにはいつも驚かされてきた。気づきの大きなきっかけは、「伝統的な和菓子を増やしてほしい」というお客様の声からスタートした和菓子のサブスクボックス「桜子」だ。老舗の和菓子メーカーや地域の伝統的な菓子店と取引を広げていくと、「受け継がれてきた技術や伝統を守りたい」と真摯にお菓子づくりに向き合っている経営者や職人との出会いが広がっていった。
「文化を継承したいという思いで、経営が苦しい中でもものづくりを続けている。そんな皆さんの姿を見て、この魅力を海外に送り届けることで、お菓子業界を少しでも盛り上げていけるかもしれない、広げていきたいとより強く思うようになりました」
最近は、地方自治体と、地域の特産品を使ったオリジナル商品の開発などコラボレーションの幅も広がっている。インバウンドが戻りつつあるいま、日本を訪れた人たちとの接点も模索中だ。
「例えば、お菓子づくりのプログラムをメーカーさんに用意してもらい、お客様に体験してもらうのもいい。ほかにも、お客様が滞在しているホテルや旅館でお茶菓子を提供し、興味をもった方には帰国後も『Tokyo Treat』や『桜子』で継続的に日本の魅力を味わってもらえるような連携もできたらいいなと考えています。そんな、リアルとオンラインの融合の可能性も形にしていきたいです」
「できない」という壁を、自分からつくらないで
近本が夢中になればなるほどに、事業は急成長を遂げていく。好調なときには、売上が前月比で+30%、+50%ということもあったという。当然、売上が上がれば、仕入れ額や配送費も上がっていく。扱う金額がどんどん大きくなっていく中で、ICHIGOのキャッシュフローを支えたパートナーのひとつが、Amexのビジネス・カードだったという。
ビジネス・カードとしての特徴はもちろん、Amexの担当者のきめ細やかなフォロー体制がスタートアップならではのスピード感にマッチしていた。
「創業してすぐ、経費を一元管理するためにAmexのビジネス・カードをつくりました。いちばんの決め手は、利用額の上限が一律ではなく、柔軟性があるところ。実際、売上に比例して仕入れ額や配送費、デジタル広告費がものすごい勢いで大きくなったので、度々Amexの担当者の方に電話で相談していました。支払い実績に応じて利用可能枠をすぐに変更・反映してくれる対応の早さに、何度も助けられた経験があります。事業拡大の機会ロスにならない、ビジネス・カードの選定はとても大事だなと実感しました」
創業から9年。外国籍メンバーを束ね、100%海外向けのサービスで成長を続けるのには、並々ならぬエネルギーが要るだろう。しかし本人は「地道に目の前のことに向き合っていけば、できるものですよ」とあっけらかんと話す。
「大事なのは、壁をつくらないことだと思うんです。起業を目指す人と話す機会も多いのですが、『これはできないと思うからこうしたい』とか『難しいだろうから検討もしていない』という声が少なくありません。でも、例えば私は英語が話せたわけでもないし、お菓子業界で働いていたわけでもありません。やろうと思えばできることがたくさんあるのに、制限して選択肢を狭めているのは、誰よりも自分かもしれません。始めれば壁にぶつかるものですが、挑戦する前から自分を制限しないでほしいなと思っています」
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近本あゆみ(ちかもと・あゆみ)◎ICHIGO Founder/代表取締役 CEO。早稲田大学卒業後、リクルートに入社。入社2年目から国内向け通販の新規事業にて企画を担当する。その後、日本のお菓子は海外の幅広い人に受け入れられると考え、2015年にmovefast(現ICHIGO)を創業し、サブスク型越境ECサービス「Tokyo Treat」をローンチする。2児の母でもあるワーキングマザー。