このほか、「包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効もまた喫緊の事項であることを強調する」という表現も入った。米国は現在、CTBTを批准していない。元幹部は「米国は過去、民主党政権になると、CTBT批准に前向きになることがあったが、共和党政権は全く受け付けない。議会が承認する姿勢を示さないからだ」と語る。バイデン政権であるタイミングを使い、文書に「発効は喫緊の事項」と盛り込んだことで、米国への働きかけへの足がかりにはなるだろう。
広島ビジョンは「民生用プルトニウムの管理の透明性」も強調した。元幹部は「中国が民生用原子力を、軍事転用することを牽制する狙いがあるのだろう。中国はNPT上の核兵器国だから、IAEA(国際原子力機関)の査察を受ける義務がない。それでも、民生用原子力の透明性を促し、中国の核軍拡を阻止するための1つの足がかりをつくったのだろう」と語る。
もちろん、これはG7の文書であり、ロシアや中国、北朝鮮など、核開発が深刻な問題になっている国々は入っていない。ロシアはウクライナで核の脅迫を続けている。中国は核協議や透明性の確保の申し入れについて、「米ロの核戦力にははるかに及ばない」という言葉を繰り返してきた。北朝鮮は7回目の核実験を目指している。今後、中ロなどを核軍縮の協議の席に着かせ、北朝鮮に核廃絶を迫る努力が必要になってくる。ただ、G7のなかでも核兵器国の英米仏と非核兵器国の4カ国で異なる意見を一致させた意味はある。
被爆地で開催したG7が核軍縮で十分な姿勢を示さなかったという、苛立ちの声は理解できる。「広島・長崎で起きた惨禍を繰り返してはならない」という意見は非常に重要だ。そのメッセージには、広島ビジョンに書かれた「77年間に及ぶ核兵器の不使用の記録の重要性を強調する」という精神と共通するものがある。
広島ビジョンは「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現」をうたった。元幹部は「安全が損なわれない」という意味について「核廃絶を実現しても、1カ国でも核を隠し持っていたり、再開発したりすれば安全保障は却って損なわれる。核兵器のない世界にするには、抜け穴がないようにしなければならないという意味だろう」と語る。
広島ビジョンは、核廃絶という理想と核の脅威という厳しい現実をブリッジしたリアリズムに基づいた文書と言えるのかもしれない。
過去記事はこちら>>