医学誌『ネイチャー・メディシン』に掲載された論文の中で報告されたこのコロンビア人男性の一族は遺伝性のアルツハイマー病を代々患ってきた。この男性はコロンビアのアンティオキア大学、米マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学スケペンス眼研究所の共同研究チームに協力。同チームは同じ遺伝的変異を持つ男性の血縁関係者1200人の遺伝子検査、脳画像診断、死後の脳組織の検査を行った。
論文で報告された男性は「プレセニリン1(PSEN1)」という遺伝子に変異がみられた。この遺伝子変異は、中央値で44歳までに軽度認知障害(MCI)を、49歳までに認知症を引き起こすことが知られている。だが男性の認知機能は67歳まで正常で、さらに70歳までMCIを発症せず、72歳まで軽度の認知症を発症しなかった。
男性はなぜこれほど長く認知症の発症を食い止めることができたのか。その答えは少なくとも部分的には男性の遺伝子にある。アルツハイマー病の原因となる遺伝子の変異に加えて、この男性はRELN(リーリン)遺伝子で新たに特定された、リーリンーコロボス変異を持っており、これがアルツハイマー病の発症を抑制していたようだ。同じ遺伝性リスクを持つこの男性の妹は別の保護遺伝子に変異があることが判明。妹は58歳まで認知機能の低下がなく、61歳まで認知症を発症しなかった。
アルツハイマー病の患者の脳内にはアミロイドと呼ばれるタンパク質が蓄積していることはよく知られている。プラークと呼ばれるアミロイドタンパク質の塊がアルツハイマーを引き起こすと考えられており、アルツハイマー病の治療薬の多くはアミロイドを標的にしている。だが今回のケースでは、男性もその妹も、脳内にかなりのアミロイドプラークがあったにもかかわらず、認知機能の低下や認知症の兆候を示していなかった。
この保護遺伝子の変異がどのように作用しているかを調べることで、アルツハイマー病の原因となりうるものについて新たな知見が得られる。リーリンーコロボス変異は脳の細胞内の受容体につながり、アルツハイマー病の脳でもつれを形成することが知られているタウというタンパク質の活性化を抑える。注目すべきは、この男性の脳の画像にはアミロイドプラークは多かったものの、脳の嗅内皮質という部位におけるタウのもつれはほとんどなかったことが示されたことだ。もし、APOEと呼ばれる別の遺伝子の変異が脳細胞の受容体につながると、タウの活性化が促進され、タウのもつれの発生が早まり、そして認知機能が低下する。
今回の発見は研究者のアルツハイマーに対する考え方や、治療法を開発する方法を変えるかもしれない。
このアプローチはすでに他の病気で成功している。例を挙げると、コレステロール値が非常に低いとある女性が両親から遺伝子変異を受け継いでいることが判明した。この遺伝子変異により女性のLDL(悪玉)コレステロール値は14という驚異的な低さだった。研究者はこの稀な変異とその作用を研究し、そこから得られた情報をもとに超高コレステロールの患者を治療する薬を作った。
同じことがいつの日かアルツハイマー病でもあるかもしれない。保護効果を持つ突然変異を見つけ、それを理解して再現し、そして模倣することは、より高精度の医療に道を開き、アルツハイマー病などの病気の発症を防ぐための鍵となりえる。
(forbes.com 原文)