富を地域社会に還元する―。それは、多くの老舗企業が事業を続けてこられた要因のひとつだといえる。倉敷紡績(現クラボウ)の創業者である大原孫三郎のように、文化事業支援で社会に貢献する人もいる。社会への貢献と事業経営の両立を目指す人々の思想と哲学とは。
家族訓
1.アートで地方を活性化する
2. 独立した財源をもつ
3.前衛的で独自の視点をもつ
かつては解体された自動車から出る100万t近い有毒廃棄物が不法投棄され、その下に埋もれてしまっていた豊島は、日本の急速で抑えの効かない過剰な産業成長を体現していた。
だが、現在では世界一流の芸術作品や建築、目を見張るような景色に誘われ、毎年何万人もの人々が集まるようになっている。その島の魅力は、福武總一郎(77)のビジョンと投資を通じて創出されたものだ。
東京を拠点とする教育企業ベネッセホールディングスの元会長である福武總一郎とその家族は、この30年間、2億5000万ドルの資産を注ぎ込んで瀬戸内海の豊島とその周辺の十数の島々を世界的なアートの観光地に変貌させてきた。彼らはその過程で、千年にわたって経済や文化の交差点だったこの地域を活性化させたのだ。
30以上ある美術館やギャラリーの最初の1館が開館した1992年以来、訪問者数は増加し続けており、通常は3年ごとに開催される現代アートの祭典、瀬戸内国際芸術祭の時期に急増する。芸術祭の実行委員会と日本銀行が2020年に発表した報告書によると、19年の芸術祭には120万人近くが来場。
台湾、香港、中国本土からの海外観光客も訪れ、島々の大半が属する香川県に推定180億円の経済効果をもたらした。22年に開催された芸術祭は新型コロナの影響もあって19年より約40%減少したが、今後は上向くと福武は楽観的だ。
「経済効果のためにやっているのではありません」福武はそう強調する。彼は1986年、岡山県創業で東京拠点の家業の出版社を、父親の哲彦の急逝を受けて継承した。哲彦には子供のための国際的なキャンプ場を直島につくるという夢があった。直島も、豊島も香川県と岡山県の沖合にある小さな島だ。
このキャンプ場整備プロジェクトを監督するために現地に足を運ぶなかで、過剰な近代化と都市化が、銅の製錬産業によって荒れ地と化した直島と犬島、そして豊島に与えたダメージを目の当たりにしたと、2009年から暮らすニュージーランドで受けたビデオ取材で福武は語っている。