そんななか、「リスクカルチャー」という考え方が注目を集めている。企業が成長を遂げるために不可欠ともいわれるリスクカルチャーとは、いったいどのようなものなのだろうか。
リスクに対する姿勢が「リスクカルチャー」である
企業経営を取り巻く環境にはさまざまなリスクが潜在している。地震などの自然災害、サイバーテロや機密情報の誤送信、品質事故など日々のオペレーションのミス、買収失敗など経営判断によるミスなど、さまざまなリスクがある。一方、リスクを避けすぎて大きな利益を享受できず、企業価値を下げてしまうこともある。当然、企業はこうしたリスクに対処するために個々の対策を施している。
しかし、情報漏えいやデータ改ざんなどの不祥事は後を絶たず、リスクが顕在化するケースが多い。
「こうした現象が起こっているいちばんの原因は、組織のリスクカルチャーが醸成されていないということです。リスクカルチャーとは、さまざまなリスクに対する組織の姿勢。例えば、話題のChatGPTにしても、こういった新しい技術を導入する企業もあれば、運用にリスクが伴うので禁止する企業もある。どこまでリスクを取るのか、どこまで踏み込み、どこから引くのか。その線引き、言語化がおざなりになっている。リスクカルチャーが曖昧なままで、リスクマネジメントプロセスだけを導入している企業が多いという現実があります」
このようにリスクカルチャーについて説明するのは、ニュートン・コンサルティングの取締役副社長である勝俣良介だ。
つまり、このリスクカルチャーが曖昧なままマネジメントプロセスを実践しても、うまく機能せず事故や不祥事が起こる。不祥事を起こした企業に第三者委員会が原因究明をすると、「原因は企業風土にあった」という結論に至るケースがあるが、まさにリスクカルチャーが醸成されていない証しだと勝俣は指摘する。
まず行うべきことはリスクカルチャーの可視化
ではリスクカルチャーを醸成するには何をすべきなのか。まず実践すべきことは、リスクに対する「意識、知識・技術」をもつこと。
組織としてどこまでリスクを取るのか、逆にどんなリスクは取らないのかを考える意識と、リスクマネジメントを行うには何が必要なのかという知識・技術の両方が備わっていなければならないという。
「当社では、リスクカルチャーを可視化するサービスも提供しています。当社独自の『リスクカルチャー測定サービス』です。最初にトップの方を対象にインタビューを実施し、洗い出したいリスクカルチャーを特定します。そのうえで、従業員の方に4カテゴリー8要素、約60問のアンケートに答えていただき、その結果を集計・分析することで、組織のリスクカルチャーを可視化します」
この測定の結果を踏まえることで、組織全体のリスクカルチャーの醸成度が把握でき、どの層に重点的に醸成活動をすればいいのか知ることもできる。
また、このアンケートは無記名で情報を吸い上げるので、通常のレポートラインには上がってこないリスク情報を拾うこともできる。
すでに全社的リスクマネジメント(ERM)を導入している組織にとっては、定期的にERMの状態を確認し、より効果的に機能させるための施策づくりのヒントにもなる。
こうしたプロセスを踏んで、これまで曖昧だったリスクカルチャーを言語化していくのだが、そのプロセスもニュートン・コンサルティングが経営層や担当者とともにディスカッションしながら詰めていく。
「例えば、トップインタビューでよくする質問に『御社にとって最悪の事態とは?』というものがあります。ある会社では株価が1円になることを挙げ、小売りではキーカスタマーが一斉に抜けることを挙げるなど、その答えはさまざまです。起こりえない、言うまでもないと考えているので言語化されていないのですが、最悪の事態が明確になると、そこにつながるリスクを洗い出していくこと、そして最悪につながる予兆を検討し、言語化していくことが可能になります。これがリスクカルチャーの醸成につながります」
つまり、「測定する」「言語化する」というふたつの可視化によって、リスクカルチャーが醸成されていくのだ。
豊富な研修プログラムでリスクマネジメント力を育成
このようにリスクカルチャーの可視化をサポートしていくことで、リスクに強い組織づくりに貢献するニュートン・コンサルティング。しかし、リスクカルチャーの可視化は、リスクマネジメント構築の第一歩に過ぎない。重要なのは可視化を生かして、リスクマネジメントの改善をしていくこと。「当社もいままではリスクマネジメントの仕組みの導入を支援することが多かったのですが、リスクカルチャーを可視化していくなかで、フォーカスしなくてはならないのは、従業員一人ひとりだと思うに至りました。そこでお客様に提供しているのが『ニュートン・アカデミー・プラス』という教育プログラムです。動画を使ったeラーニングと講師との対面講座のいずれか、またはふたつの方法を融合したハイブリッドで学べるプログラムです。お客様のニーズや状況に合わせて学び方を選べますが、リスクマネジメントの基本は動画で学び、事例研究や特定のテーマについてのディスカッションは対面講座で行う方法をお勧めしています」
各コースには10分ほどの動画が15本程度用意されている。動画を見てミニテストを行い、その後、対面講座、総合テストを受けるのが基本になっている。
つまり、動画で知識を身につけ、ミニテストで知識を定着させ、対面講座で応用力を養い、最後の総合テストでそれを確実なものとする研修プログラムとして提供しているのだ。当然、ニュートン・アカデミー・プラスはさまざまな対象者を想定して、異なる内容の研修プログラムを用意している。
「リスクマネジメントの基本から学べる入門・初級コースから、リスクマネジメント事務局担当者向けの上級プログラムまで複数のコースを用意しています。大切なのは、事務局担当者だけでなく全社的なリスクマネジメントに関するリテラシー向上です。レベルに応じた研修を提供し、お客様のニーズや状況に合わせた個別研修も行っています。経営陣を集めてディスカッションをするワークショップを開催したり、一般社員向けに実務に使えるわかりやすいリスクマネジメント研修をしたり、要望に応じて対応しています」
こうした対応により、リスクマネジメント研修を導入した企業ではさまざまな変化が起こっているという。
ある企業では、コンプライアンスアンケートでは高得点を収めているが、小さな事故が起きていることからニュートン・コンサルティングに相談。そこでリスクカルチャー測定サービスを行ったところ、コンプライアンスアンケートでは浮き彫りにならなかったリスクカルチャーに関する課題が判明した。そこから経営層も危機感をもち、全社を挙げてのリスクマネジメントに取り組んで事故がなくなるなど、組織風土が大きく変換した事例が後を絶たないという。
そんな組織改革をさらに広げていくための今後の展開について、勝俣は次のように説明する。
「リスクマネジメントという言葉は、ネガティブな要素を打ち消す活動という印象を抱きがちですが、新規事業への挑戦などリスクを取ることで企業の成長へとつながる活動もあります。そこで従来のリスクマネジメントという概念ではなく、企業が成長していくために活用する『目標達成マネジメント』として再定義をして、お客様が能動的にリスクを検討して自律的に課題解決していける組織への転換を支援していきたい。そうすることでリスクに強い組織であるだけでなく、新しい価値創造ができる企業になるはずですから」
ニュートン・コンサルティング
かつまた・りょうすけ◎ニュートン・コンサルティング取締役副社長。プリンシパルコンサルタント。ITセキュリティスペシャリストとして活躍した後、2001年に渡英しNewton ITへ入社。欧州向けセキュリティソリューション部門を立ち上げ、セキュリティビジネスを軌道に乗せた。06年に副島一也と共にニュートン・コンサルティングを立ち上げ、取締役副社長に就任。自社サービスの品質管理、新規ソリューション開発を率い、コンサルタントとしても活躍している。近著『なぜリスクマネジメントは組織を救うのか リーダーのための実践ガイド』(ダイヤモンド社)。