埼玉県の南東部に位置する戸田市。かつては非行問題が多く、子どもの学力・体力は共に高くはなく、教育の質が高いとは言えない自治体であった。その戸田市が、数年前から教育改革のフロントランナーとして注目されている。改革の一歩目は、2015年4月に戸田市教育委員会の教育長に就任した戸ヶ﨑勤の所信表明だった。
「いまも続く教育改革のコンセプトを発表したんです。それが教育長として最初の仕事でした」
コンセプトは、「AI(人工知能)での代替は難しい力やAIを活用できる力の育成」「産官学と連携した知のリソースの活用」「『経験と勘と気合い(3K)』から『客観的な根拠』への船出」「授業や生徒指導などを科学する」の4つの柱からなる。
「産官学との連携」では現在米グーグルやマイクロソフトなどの企業から内閣府、文部科学省、大学まで約70の組織と連携している。面白いのは、教育委員会は連携先を用意するだけで、どこと連携するかは各小中学校に委ねていることだ。
「教育委員会でやるのは、ツールやプログラムなどの学びの原材料や『人財』を用意するところまで。メニューまでは指定しない。料理をするのは各学校なんです」
あくまで、改革を進めるのは学校の教育現場であり、教育委員会は目指すべき方向を示し、サポートするという考え方だ。
「教育は、新しいことを始めるより、継続するほうがはるかに難しい。市として教育改革が進んでいることをアピールするために、斬新な施策を提案してやらせたところで意味がない。学校現場が自走できるよう、教師が新しいやり方に納得し、続けられる仕組みをつくろうとしています」
16年からのICT教育の推進についても、教師の「腹落ち」に最も時間をかけたという。
現場の教師のほとんどは「ICT環境がなくても困らない」「むしろ機器を使う準備に時間を取られる」といった意見が多数で、ICT教育の必要性は浸透していなかった。そこで戸ヶ﨑は、人の行動変容のステージモデルを参考に、関心をもってその対象について考え始める「関心期」の対応に注力した
。具体的には、教師にICT機器を研修や授業で実際に使ってもらい、そのよさを実感する機会をつくったのだ。特に、実力のある中堅の教師に積極的にICT機器を使ってもらい、必要性が教師内で広まるように仕掛けた。
「ICT化が目的ではなく、それを使って何をするかが重要です。そこで、ICT活用がマストになるプログラミング教育やPBL(プロジェクトベースドラーニング)の導入を併せて行いました。そうすると、ICT機器が普段使いされていくんです」
いまや戸田市の小中学校では、授業でパソコンを活用し、意見を集約して表示したり、プレゼンテーション資料をつくったりするのが当たり前の光景となっている。