しかし、フランス中部のヴァランスで2007年からミシュラン三つ星に輝き続ける「メゾン・ピック」を訪れ、ピンクのシャンデリア、花をモチーフにした壁など、柔らかい印象を持つインテリアに迎えられると、フェミニンという言葉が頭に浮かんだ。
同メゾンの4代目を務めるのが、1969年生まれのアンヌ・ソフィー・ピック氏。スイスやシンガポールなど海外にも支店を展開し、現在世界で合計10のミシュランの星を持つ稀有な女性シェフだ。
メゾン・ピックは、元々曽祖母のソフィ氏が、川を挟んだ向かい側の街、サン=ペレで1889年にレストランをオープンしたのが始まり。その後、パリから南仏に抜ける“リゾート街道”国道7号線(当時)が開通し、街道沿いのヴァランスに多くの旅行者が訪れると見込んだ祖父のアンドレ氏が今の場所に移転した。以来、メゾン・ピックは変わらずこの場所にある。
ピック氏は大学でビジネスを学び、日本やアメリカのカルティエやモエ・エ・シャンドンなどで研修をしたのち、ヴァランスに帰郷。父の店で働き始めたが、わずか3カ月で父が急逝した。
当時は兄のアラン氏が厨房の指揮をとり、ピック氏はサービススタッフとして働いていたが、95年に三つ目の星を失ったことを機に、97年に兄に代わって厨房へ。それまで厨房での経験はなく、父のもとで働いていた料理人たちから、魚の捌き方や火入れに始まり、祖父も父もとても大切にしていたというソース作りをいちから学んだ。そして、10年後の2007年に再び三つ星に返り咲く。
“自分流”を確立するまで
当時、女性のシェフは珍しかった。その頃の厨房を振り返り、ピック氏は控えめにこう語る。「最初のうちは、父がやっていたように、大きな声を出して強いリーダーシップを表現することもありました。父はスタッフに対して公平で好かれていましたが、エネルギッシュな人でしたから。でも、2週間ほどやってみて、自分には合わないと気づき、とても悲しくなったのです。同じ熱量で、高いレベルを要求するにしても、もっと自分らしいやり方があるのではないかと考え、少しずつその方法を見つけていきました」