キャリア

2023.05.17 16:30

失明を助ける廃棄プラスチック。支援をつなげた、一石三鳥の社内起業

長岡里奈 アイフォースリー/ロート製薬

「すべての人が健康な世界にしたい」。壮大な夢をもつ製薬企業の若手社員。夢に近づく一歩を可能にしたのが、社内起業の道だった。


「やりたいという気持ちだけで最初は動いていたのが、応援してくれる人がどんどん増えて、かたちになっていったんです」

2021年に目薬の廃棄プラスチックをリサイクルしたサングラスを企画、製造販売する「eyeforthree(アイフォースリー)」の代表を務める長岡里奈。ロート製薬の若手社員でもある。入社2年目で同社の社内ベンチャー制度「明日ニハ」1期生に選ばれ、その1年後、アイフォースリーを設立した。

長岡の掲げる夢は壮大だ。「生まれにかかわりなく、すべての人が健康に暮らせる世界にしたい」。大学在学中に訪れたインドで劣悪な衛生状態で、病と貧困に苦しむ人たちに出会い、衝撃を受けた。何かしたいと、使い捨てにされるホテルの石鹸のリサイクルプロジェクトを実施したが、一回きりで終わってしまった。

サステナブルなビジネスを学ぶ必要がある。そう考えた長岡はロート製薬に新卒で入社。配属先の商品開発やマーケティングの部署で気になったのが、廃棄される目薬のボトルだ。製造過程で出てしまう廃棄ボトルだが、成分劣化を防ぐためUVカットのプラスチックが使われている。これを利用できないかと考えた。

インドの失明者は4000万人で世界の失明者の20%も占めている。原因の60%は白内障で、強い紫外線や、検診や治療を受けられない環境などが影響している。廃棄プラスチックと「インドの人々の目の健康」の両方の課題を解決したい─。

社内ピッチで100人以上の支持を集めた長岡のアイデアには、ふたつのハードルがあった。ひとつはビジネスモデルの面。現地でサングラスを製造販売すると収益が合わない。日本で製造販売し、その利益の一部をインドの低所得者層の白内障治療を手がける眼科診療所に寄付することにした。

もうひとつは、技術的な問題だ。廃棄プラスチック100%の混ぜものなしにこだわった。通常のサングラスに使われるプラスチックよりも加工が難しく、試行に試行を重ねた。

大きなプレッシャーのなか、「自分も廃棄プラスチックが気になっていた」「自分も病気になり、目の健康の大切さを知った」。そう言って、プロジェクトを応援してくれる同僚の存在が支えになった。「自分の目」「海の向こうの人々の目」「地球の環境」の三つを守るという思いを込めたサングラスは、2年間の「長い」開発期間を乗り越え、2022年の秋に販売が決定。Makuakeで目標の2.6倍の約235万円の支援が集まった。2023年からは店舗やウェブでも販売を始めた。

「社内起業は、夢への遠回りかもと思ったこともありました。時間の制約があるし、一般の起業家のような覚悟が足りないとも言われました。でも、社内のリソースや応援があっていまがある。実は夢への最短の道だったと思います」


長岡里奈◎1996年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部在学中、半年休学しインドの貧困家庭にリサイクル石鹸を配布。2018年ロート製薬に入社。商品企画などに従事しながら21年にアイフォースリーを設立。Youth Co:Labの「ソーシャル・イノベーション・チャレンジ日本大会2021」でCVC賞受賞。

『Forbes JAPAN』2023年6月号の特集「NEXT100 100通りの『世界を救う希望』」では、「新しく、多彩な、アントレプレナー・リーダーたち」にフォーカスしている。さまざまな領域で生まれている、これからの新・起業家、新リーダーたち100人を一挙掲載している。地球規模の課題や地域課題に対して、「自分たちのあり方」で挑む、彼ら、彼女らを「NEXT100」と定義。その新しい起業家精神とスタイル、アプローチで社会的・経済的インパクトを起こす人々の希望と可能性を紹介する。本記事は、同特集内で掲載している記事だ。

文=成相通子 写真= ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年6月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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