超高齢化社会を迎えた日本。少子化により人口は11年連続で減少、労働力不足は深刻化する一方だ。解決の鍵となる外国人労働者活用のための法整備、女性活躍のための待機児童解消も遅々として進まない。そうした必要人材の多様化に、人事制度が追いついていないことに起因して、さまざまな社会課題が生まれている。
これらの課題に、人材の教育から就業までを手がけることでソリューションを提供しているのが、ヒューマングループ(以下、ヒューマン)だ。事業の発端は1985年。佐藤の父親である耕一が、「為世為人(世のため人のため)」を掲げて設立した教育事業会社が源流となる。同社は日本語学校、人材派遣業などを幅広く手がけていた。
同社の事業が新たな成長局面を迎えたタイミングで声がかかったのが、経営者としての独立を目指し、証券会社で武者修行を積んでいた息子の佐藤(朋也)だった。しかし、幼い頃から個性の強い父の背中を見てきた彼は、自分の力で起業したいという思いが強く、そのオファーを即決する気持ちには、なかなかなれなかったという。
営業職で成功して充実していた時期に、突然の父からの誘い
「高校時代から“いつか独立したい”という気持ちがありました。大学4年のときにアルバイトとして政治家秘書を務め、衆参同時選挙で、社会の荒波を身をもって体験しました。独立・起業という夢の実現のためには、もっと自分を鍛えなければ無理だ。そう感じて当時、厳しく大変な仕事だと言われていた証券会社に志願しました。夜討ち朝駆けのハードワークは大変でしたが、独立の夢のためだと思うと頑張れました。そして成果も出るようになって、充実したサラリーマンライフを送っていたのですが……」
突然父親から、父の会社への誘いを受けたのはそんなときだった。
「当時、成果が次の成果を生む好循環で、営業の仕事に自信がついてきた頃だったので、“帰ってきて(会社を)手伝え”と言う父を素直には受け入れられず、いきなり即決はできませんでしたが、考えてみれば当時の父の会社はベンチャーです。そこでの仕事は、独立のために将来役立つのではないかと、気持ちが傾いていきました。大企業での営業職で成功しても、企業全体の仕組みを見ることはできない。だったらやってみるべきだと感じたのです」
ところが佐藤は、そのままヒューマンへ入社とはならなかった。父の鶴の一声で、経理を学ぶために会計事務所に入社することになったのだ。
「またしても想定外でしたが、そこでは経理、監査、税務などを手がけて、経営の基礎知識を得ることができました」
その後、91年に正式にヒューマンに入社すると、佐藤が得た知識が、経営の健全化/財務体質の強化に大いに役立った。
「業績がどんどん伸びていき、実務のなかで、マーケティングを取り入れることでこの会社はもっと成長できる。おぼろげながら見通しがたったタイミングで、父が今度は“上場する”と言い出したのです」
しかもこのタイミングで、佐藤は社長にも指名されている。
「当初は気が進みませんでしたが、これまでに父が、自分に力があれば厳しいなかでも生き残っていけることを体現する姿を見てきましたので、自分がより力を付けていくためになると思い、社長を引き受けました」
“なりたい自分”になるためなら、人は挑戦できる〜「為世為人」の実現手段、「SELFing」
新たにヒューマンホールディングスを設立し、社長に就任した佐藤は、ヒューマンの創業精神「為世為人」を見つめ直すところから始めた。世のため人のため、人を教育して、社会に送り出していくビジネスモデルを確立していくことによって、人・社会を豊かにすることができる。その思いを具体的な方法として打ち出せないものだろうか。「グループを横断して経営陣と社員によるプロジェクトを立ち上げ、約2年をかけ試行錯誤の末に誕生したのが、“バリュープロミス:SELFing”でした。“なりたい自分”を見つけ、その実現に向けて道筋を定め進んでいく『SELFing』をすべてのステークホルダーへの提供価値と定めました。一人ひとりの自己実現は社会への貢献につながっていきます」
そして、SELFingのサポートツールとして開発されたのが「SELFingシート」だ。2019年からグループで導入し、20年からはSELFingシートを用いた1on1を開始。社員は、上司とともに“1on1”セッションでシートをつくり上げていくという。
自分の目標は「独立」。佐藤は、なりたい自分になるためなら挑戦できるということを、身をもって体験してきた。SELFingシートは自分の夢や目標を中心のマスに書き、それを実現するための事項を周囲に書き連ねていくことで、“なりたい自分”を可視化して実現を促進していくことができる。ちなみに、佐藤曰く、その中心は必ずしも仕事である必要はないという。
「大谷翔平選手が高校1年生で描いた“プロ8球団からのドラフト1位指名を受ける”という目標達成シートは、クローバ経営研究所の『マンダラチャート』がもとになっています。私たちのSELFingシートはクローバ経営研究所の協力を得て、マンダラチャートをもとにしてオリジナルで作成しました」
そう言って佐藤が見せてくれたのが、佐藤本人のSELFingシートだ。具体的なアクションについては伏せられているが、以下の画像からイメージはできるのではないだろうか。
「VUCAの時代。先行きが不透明であればあるほど、こうしてなりたい自分をきちんと設定することが、努力の方向性を決めるうえで重要になっていくと思います」
世界に広がる「“なりたい自分”になる方法」
ヒューマングループの事業は、世界各地に大きく拡がっている。その代表例が、フランスに1校目を設立したマンガやアニメ、ゲームの制作を学べる「ヒューマンアカデミー・ヨーロッパSAS」だ。そのサテライト教室をヨーロッパ全土に拡大する計画もある。そこで育まれた「マンガ家になりたい」などの夢は、ヒューマンが日本の出版社などにアテンドすることで実現していくのだという。
「一人ひとりの自己実現が社会への貢献につながる。これは世界どこでも共通だと思います。ほとんどの人は、人生の1/4を仕事に費やします。そこが楽しくないというのは、非常に深刻な問題です。私たちがSELFingシートで、全社員のなりたい自分になる手助けをしているのは、楽しく仕事をして、面白く生きていける人を、1人でも多く増やしたいから。そうした人々があふれれば、きっと未来の社会は素晴らしいものになると、信じているからです」
ヒューマンホールディングス
https://www.athuman.com/
さとう・ともなり◎1963年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学商学部卒。日興證券、会計事務所勤務を経て、91年、ザ・ヒューマン(ヒューマングループの前身)入社。2002年、ヒューマンホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任。