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2023.05.14

ケイト・ブランシェット演じる指揮者の栄光と狂気 映画「TAR/ター」の見方

映画『TAR/ター』

オーケストラに王のように君臨するターは、長年、彼女のもとで副指揮者を務めていたセバスチャン・ブリックス(アラン・コーデュナー)に不満を抱いており、彼の代わりの副指揮者を選ぼうとしていた。

ターに抜擢されて首席指揮者のアシスタントを務めているフランチェスカ (ノエミ・メルラン)も、2人の間のただならぬ関係から密かにその副指揮者の座を狙っていた。

そんなとき、ターがかつて指導した若手の女性指揮者クリスタが自殺したという報が入る。自分たちとも「交流」のあった指揮者の自殺を耳にして、ターはフランチェスカにクリスタとのメールを削除するよう命じる。

オーケストラの絶対的支配者であるターのもとに、こうして暗い影が忍び寄ってくるのだが、このあたりの野心と欲望が欲望と嫉妬が渦巻く複雑な人間関係も、一度観ただけではしっかりと把握できないかもしれない。再観賞することでさらに物語に没入することができる。

ターの地位を揺るがす決定的な出来事が

不穏な空気がターの周囲に漂うなか、彼女は新人のチェロリストであるオルガ (ソフィー・カウアー)をソロ奏者に選ぼうとする。しかし、そのことでオーケストラとの間にも不協和音が広がっていく。

そして、ターの地位を揺るがしかねない決定的とも言える出来事が起こる。それはクリスタの自殺に関して、遺族からターへの告発状が届いたのだ。次々と襲いかかる暗雲にターの心は揺れ動き、物語は意外な結末へと彼女を導いていくのだった。

「TAR/ター」は、今年度のアカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞を含む6部門でノミネートされた。惜しくも受賞とはならなかったものの、主演女優賞では、ケイト・ブランシェットが受賞者である「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のミシェル・ヨーと並ぶ有力候補と目されていた。

それだけに実際、ブランシェットは見事に役柄になりきっており、その演技にはヴィヴィッドな臨場感も感じられる。特にオーケストラを前にして縦横無尽に指揮棒をふるう場面は圧巻だ。彼女の卓越した演技もこの作品の見どころの1つとなっている。

リアルにこだわった監督の演出

監督のトッド・フィールドも、当初からケイト・ブランシェットが主役を演じることを念頭に置き、脚本を執筆した。もし彼女が出演を承諾していなかったら、作品は成立しなかったとも語る。その期待に応え、ブランシェットも役づくりには余念がなかったという。

フィールド監督は次のように絶賛している。

「昼間に別の作品の撮影があっても、夜になると僕に電話してきて、そこからさらに何時間もこの作品の準備に費やしていた。ドイツ語とピアノも習得していて、演奏シーンはすべて彼女自身が演じている。彼女はまさに独学の達人だ」
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文=稲垣伸寿

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